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低い声で略称を呼ばれて、縲はむっと眉根を寄せた。
「その言い方、よしてくれる? それよりちょっとちょっと」
尤雄の袖を引っ張って、縲は手ごろな小路へ彼を引っ張りこんだ。
彼は抵抗しなかった。
ただ、縲が足を止めた途端に声がした。
「なんの用だ?」
両脇に塀の迫る小路はすっかり夜の闇に包まれて、尤雄の顔はろくに見えない。
それでも縲は彼を見上げた。
「もうあの狸親父に聞いたかもしれないけど、わたし、今回の件はやめたから。あんたもちゃんと話聞いた? あいつ、あんたを犯罪者にしてとっつかまえるつもりなんだって」
「知ってる」
短い返答に、縲はちょっとほっと息をついた。
「じゃああんたもやめるの? そうだよね、あんな奴のためにばかばかしい──」
「いや、やるが」
「は!? なんであんな奴のために!?」
「あいつのためじゃねえよ」
「ちょっ、ちょちょちょちょ」
縲はもう一度尤雄の袖をつかんで、ぐいと自分に引き寄せようとした。
尤雄は、今度はがんとして動かなかった。
縲は自分から身を乗り出した。
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