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「いい、そりゃわたしはあんたのことはよく知らないけど、それでも自棄(やけ)になるのは早いから! あんな奴のために人生棒に振っちゃだめだってば!」
「だからあいつのためじゃねえって言ってんだろ」
「じゃあどうして? なんか弱味でも握られてるの?」
「あいつには拾われた恩がある。受けた恩を返さねえのは寝覚めが悪い。それだけのことだ」
尤雄は縲の手を離させた。
覚えのある、がさついて大きな手だった。
その姿が暗がりに消えそうになる。
声がした。
「あそこの嬢さんの大切な物だ。おれが言うのもおかしいが、一刻でも早く返してやってくれ」
「待った!」
縲は急いで、もう一度尤雄をつかまえた。
正直なところ、彼について知っていることと言えばほんの一部しかない。
同じように田友にいいように使われていて、ただ彼のほうがつきあいが長くて事情も複雑らしいということだけだ。
(でも、この人はあの狸親父とは違う)
田友の指示で子爵夫人や男爵令嬢をあざむきはしても、彼はそれを正当だとは思っていない。
醜悪な行動だと知りつつもそれでもなお実行するしかない自分に、なげやりになっている気がする。
頭としっぽを垂れてあてもなくうろつく野良犬のように──。
「何も言わずに、まずこれ食べて!」
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