1 謎めいた男爵家(1)

6/7

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/133ページ
 子爵夫人はもう窓の外にしか興味はなく、物思いにふけっては目もとをハンカチでぬぐっている。  その気取った態度にさらにいっそう腹が立つものの、ここで喧嘩をしてはすべてが台無しだ。  縲はおとなしく引き下がることにした。  それでも最後、言うべきことは忘れない。 「奥方さまのお悩みを解決できてようございました。ほかにも悩めるご婦人がおりましたら、なんなりとご相談くださいますようお伝えくださいませ」  子爵夫人はなげやりに手をひらつかせた。  縲は頭を下げ、部屋を出た。  ふん、と鼻を鳴らしかけたところで、不意に横から声をかけられる。 「こちらは謝礼にございます」  着物姿の初老の女中が、無表情に小さな包みを差し出してくる。  縲はあわてて愛想笑いを作り直した。 「あっ、はいっ、ありがとうございます」  うやうやしく謝礼を受け取って、子爵邸の門の外へと出て、角を曲がる。  もうここなら見ている者もいないことを確かめて、縲は合切袋に入れた謝礼の包みをのぞいた。
/133ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加