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「──ここだから」
縲は足を止めた。
まだ尤雄の頑固さに腹は立てていたものの、送ってもらったことは事実だ。
礼儀は礼儀として守りたい。
「……ありがとう」
相手のためというよりは自分のために、縲は礼を言った。
(ん、これって)
田友に従うという尤雄の行動も同じことかと思いいたる。
確認しようとした矢先、尤雄の短い声が返ってきた。
「ごちそうさん。うまかった」
言うなり彼はさっと身をひるがえし、一瞬で見えなくなってしまった。
あ、と縲はむなしく一声出せただけだった。
ちかちかと星が光る夜空に、冷たい風が吹き抜けていく。
縲は無意識に、着物の襟もとをかきよせた。
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