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3 事件の幕開け(1)
(いやいやいやどうしてくれるのよこれ!?)
楓次が操る馬車に揺られながら、一張羅の洋装に身を包んだ縲はひとり怒りに燃えていた。
縲が探偵などを名乗ったのは、田友の計画の駒としてだ。
それはもうやめた。田友とは縁を切る。
だというのに、江那堂男爵家で事件が起きたという。
(あの石頭の唐変木のすっとこどっこいの表六玉!)
尤雄が先走ったに違いない。
無茶ぶりにも程がある。
なんの打ち合わせもしていないというのに、いきなりどうとりつくろえというのか。
──いや、そもそももっと腹の立つことがある。
(わたしの酒蒸し饅頭返してよ!)
悪党とは縁を切れと説得したくて、生きていることはそんなに悪くないと思い出させたくて。
だからせっかくの饅頭をふるまったというのに、無にされた。
食べ物の恨みは忘れられるものではない。
(あんたなんかに仏心を出したわたしがばかだった! こうなったらあのお嬢さまに全部ぶちまけてやるから!)
縲は深く強く決意を固めた。
坂道をあがっていた軽快な蹄の音が止まった。
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