5人が本棚に入れています
本棚に追加
/133ページ
「到着です、ただいま踏み台を──痛っ」
ごん、という鈍い音のあとに馬車の扉が開けられた。
置かれる前に楓次のむこうずねあたりにぶつかったらしい踏み台に、縲はほとんど飛び降りるようにして降りた。
すぐさま振り返る。
「現場は? いえ、それより十子さまは?」
「あっはい、たぶん同時にまかなえますかと」
失礼な言葉を愛想のよさに完全にまぎらせた楓次は、ランタンを手に取った。
そのまま玄関を通らずに庭へ、そしてさらにその奥へと進んでいく。
ほのかに明るさを宿した夜空を背景に、江那堂男爵邸はほとんど影と化している。
(こんな寂しいお屋敷だったっけ……)
縲は無意識に首をすくめた。
ランタンだけでは心細いほど暗くて、がらんと静まり返って、なんだかお化けでも出てきそうだ。
「ああいたいた、やっぱり。あそこです」
楓次の肩の先が、いきなりぱっと明るくなった。
縲は伸びあがってゆく手を見た。
そこはこぢんまりした別の庭だった。
せり出したガラス張りの一室に、表通りのようにふんだんな明かりが煌々ときらめいている。
そこに優美な令嬢の影が立っていた。
「阿古村縲さまをおつれしましたー!」
楓次がランタンを振って叫ぶと、影が振り返った。
照らされる角度が変わり、十子の顔が見えた。
縲は胸を衝かれた。
最初のコメントを投稿しよう!