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(なんて悲しそうな顔──)
だがその表情は一瞬で消え失せて、十子は冷静に言った。
「急にお呼び立てしてごめんなさい。先日はあなたに頼むことなんてないと言ったけれども、ひどい間違いだったようだわ」
陶器のような頬に微笑がよぎった。
体はここにいながらも心はここにはないかのような、うつろな微笑だった。
「もし、探偵のあなたに解決してもらえたらとてもありがたいの」
縲は一瞬、返事に詰まった。
自分が偽探偵だからではない。
美しく、財産があって、華やかで、いまも持ち前の理性で自分をきちんと律している男爵令嬢。
だが実はその下で、彼女の心は深く傷つけられていることに気づいたからだった。
(盗まれたのは、そんなに大事な肖像画だったんだ)
恵まれた男爵令嬢だというのに、か弱く、頼りなく、まるで寒さに震える子猫へのような憐れみを感じる。
そうした思いはすぐに、元凶の田友と尤雄への怒りへとつながった。
(あの狸親父と石頭!)
罪滅ぼしの念と義憤とが縲を突き動かした。
ガラス戸をくぐり、縲は十子のもとへと駆け寄る。
縲の早急な動きに、十子は少し驚いたように目をみはる。
慰めようとその白い手を取りそうになって、あわてて縲が手を止めたその直後。
十子が先に口をひらいた。
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