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「ええ。火事が起きるような場所ではないわ」
縲はどきりとした。
尤雄という男はどうしようもない石頭だが、それでいて気のきくところがある。
手を引く前に自分の手をぬぐったり、饅頭を半欠けにしてよこしてきたり。
(まさか、ひと騒ぎを起こした隙に絵を盗んだとか!?)
急いで十子に確認する。
「何かなくなってやしませんか!? たとえばえ──あ、ほら、先日お邪魔した応接室にもいろいろ高そうな物がありましたし!」
あまりに突拍子がなく聞こえたのか、縲の言葉を聞いた十子はふっと薄く笑った。
縲はあせった。
それでも、いまうまくやれば肖像画を取り戻せるかもしれない。
尤雄を犯罪者にしなくてすむ可能性がまだ残っているかもしれない。
「すみませんが、まず確認を──」
一角だけある石壁の扉が開いた。
小走りに入ってきたのは、髪をきっちりまとめた初老の女性だった。
茶会で見た洋装の女中たちとは違って和装なのは、年齢もあるが一段偉い女中頭だからなのだろう。
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