3 事件の幕開け(1)

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「縲さんはあなたと同じことを気にしてらしたわ。皆がこの騒ぎに気を取られているあいだに、何か盗まれてないかって。けれども大丈夫だったのね?」  女中頭はしぶしぶ男爵令嬢に向き直った。 「はい十子お嬢さま、ご安心くださいまし。女中たちにも言いつけてひととおり調べましたが、金庫も銀器も調度品も、何ごともございませんでした」  縲はつい口をはさんだ。 「応接室は? 応接室からは何も盗られていませんでした?」  女中頭ににらまれたが、ひるんでいる場合ではない。  縲はぴんと背を伸ばした。 「先日おうかがいしたときに、たいそう立派な応接室だと思ったものですから。いかがでしたか?」 「──当家のことに関しまして、わたくしは見落としなどいたしません」  おそろしく冷たい目つきで、ぴしゃりとはねつけられる。  縲は内心ほっと息をついた。 (よかった、まだ間に合う!)  これでやることは決まった。  適当にこの場をとりつくろってすぐに尤雄に会い、なんとしてでも彼を思いとどまらせること。  それが無理ならば、すぐに引き返して十子にすべてをぶちまけること。 (最善は盗難の中止、次善は盗難の防止。わたしにできるのは、あんたを犯罪者にしないところまでだからね!)  心のなかで尤雄に呼びかけてから、縲は十子にふりむいた。
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