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「縲さんはあなたと同じことを気にしてらしたわ。皆がこの騒ぎに気を取られているあいだに、何か盗まれてないかって。けれども大丈夫だったのね?」
女中頭はしぶしぶ男爵令嬢に向き直った。
「はい十子お嬢さま、ご安心くださいまし。女中たちにも言いつけてひととおり調べましたが、金庫も銀器も調度品も、何ごともございませんでした」
縲はつい口をはさんだ。
「応接室は? 応接室からは何も盗られていませんでした?」
女中頭ににらまれたが、ひるんでいる場合ではない。
縲はぴんと背を伸ばした。
「先日おうかがいしたときに、たいそう立派な応接室だと思ったものですから。いかがでしたか?」
「──当家のことに関しまして、わたくしは見落としなどいたしません」
おそろしく冷たい目つきで、ぴしゃりとはねつけられる。
縲は内心ほっと息をついた。
(よかった、まだ間に合う!)
これでやることは決まった。
適当にこの場をとりつくろってすぐに尤雄に会い、なんとしてでも彼を思いとどまらせること。
それが無理ならば、すぐに引き返して十子にすべてをぶちまけること。
(最善は盗難の中止、次善は盗難の防止。わたしにできるのは、あんたを犯罪者にしないところまでだからね!)
心のなかで尤雄に呼びかけてから、縲は十子にふりむいた。
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