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1 謎めいた男爵家(2)
板塀の先の坂松田友の私宅は、江戸の趣を濃く残している。
田友は長火鉢のむこうにでんと構え、細縞の木綿を着流しにして煙管をくわえていた。
五十の坂をそろそろ越そうかというあたりだが、がっしりした顔は血色がよく、髪も口髭もまだまだ黒い。
縲が座敷の端に座るかどうかというところで、いきなり訊いてくる。
「で、首尾は?」
あわててそろえた膝に手をついて、縲は心持ち胸を張った。
「わたしに任せてください、って言ったじゃないですか。子爵夫人、書生行方不明事件を解決してくれたと感謝してくれましたよ」
少し話を盛ったが、これくらいは許されてもいいだろう。
依頼主の三里子爵夫人にとっては日常の退屈を忘れさせるちょっとした刺激にすぎなくとも、実は縲にとっては一大試練だった。
田友経営の新聞社への入社が、この一件にかかっている。
縲はそのまま言葉を継いだ。
「渡した手紙にもそりゃあもう感激して、言葉もなかったくらいです。わたし、これ以上ないってくらいの仕事をしてきましたから!」
「結論を言え。結局どっちを渡した?」
「奥方への恋心のほうです」
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