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田友は片頬をゆがめた。
本人としては笑ったつもりだろう。
「それは意外だな、万が一にと準備したほうだったか。あの子爵家のかみさんは、ただの書生なんぞ消えようが死のうが気にも留めんが、こいつは金になるかもしれんと踏めば食いつくと見たからさる伯爵のご落胤なんてでっちあげたんだが、鬼の目にも涙とはこのことだな」
あいつもなかなかやるもんだ、と田友はまだ笑っている。
縲は長火鉢の横に置かれた盆のあたりに目をそらせた。
(子爵夫人もあの文面を考えたのがこれだと知ったら、涙を返せと怒鳴りこんでくるだろうな……)
盆には、今日配達されてきた田友宛の手紙が封を切られてあった。
見惚れるほどのびやかで流麗な筆跡での宛名書きで、くしゃりと丸められた本文のほうも同じ人物の筆跡に見える。
不意に、その盆が引っ込んだ。
「おまえを疑ってやしなかっただろうな?」
どうやら見られたくなかった手紙らしい。
縲はあわてて視線をあげた。
「そんなへまはしやしませんよ。江戸から続く占い師の流れを汲む由緒正しいよろず相談承り所、なんでも探り出してみせる探偵・阿古村縲、って触れ込みでしょ。先方はちっとも疑っちゃいませんでしたとも」
「ならいい」
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