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昨夜、十子は縲と謝礼金については話さなかった。
時間が遅かったこともあるが、話す必要もないと思っていたからでもある。
江那堂男爵家の家計は、一探偵の謝礼金を心配しなければならないようなものではない。
それなのに十子の気持ちはなぜか少し揺れ、返事が遅れた。
「……でも、せっかく来ていただいたのに」
眉の薄い駒藤の顔は表情がわかりづらい。
それでも、おそらく本人としてはこのうえなく優しい顔のつもりで、彼は微笑んだ。
「お嬢さまは情け深さというすばらしい美徳をお持ちでいらっしゃいますが、あのように世間擦れした娘にまで情けをかける必要はございません。むしろお嬢さまの無垢につけこんでくる恐れもございます」
駒藤の世辞をまともに受け取るつもりはない。
ただ、先ほど尤雄に話しかけていた縲の姿が浮かんだ。
十子はそんな自分をふりはらい、父の留守を預かる男爵令嬢としてきっぱりと言った。
「いいえ、しばらく彼女に任せてみます。誰かが火をつけた疑いがある以上、そのまま捨て置いてはいられないわ」
「ですが、すでに犯人はわかっております」
十子はさすがに驚き、駒藤を凝視した。
執事の目つきは吊りあがっていた。
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