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1 謎めいた男爵家(1)
大きな扉がひらかれた。
臙脂色の絨毯、黒光りする飾り棚、油絵具の絵画。
舶来の品々ですみずみまで飾られた三里子爵夫人の居室は、下町とは別世界だ。
前回初めて訪れたときは、こってりした濃色の押しつけに胃がもたれる思いがしたが、二度目にもなればもう大丈夫。
(よっし、やるぞ!)
若いながらも自信に満ちた女性に見えるよう、縲はしゃんと背を伸ばした。
昨日、猫と鼠の追いかけっこに巻きこまれての頬の擦り傷も、隣家のおかみさんのおしろいをちょっぴりもらってごまかしてある。
縲は力強く微笑んで、奥の優美な寝椅子に身を預けていた子爵夫人に話しかけた。
「お待たせいたしました奥方さま、もうそのようにお嘆きにならないでくださいませ。ひとり悩めるご婦人の味方、探偵・阿古村縲。奥方さまのため、今回の事件──」
解決しました、と言うよりも早く、三里子爵夫人は泣き腫らした目で恨みがましくにらんでくる。
「ずいぶん遅かったじゃない、お縲! わたくしがどれだけ悲しんだと思っているの、このまま胸が張り裂けてしまうのではないかと毎晩恐ろしかったほどよ!」
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