20.勘違い野郎は俺だったと判明

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20.勘違い野郎は俺だったと判明

 十回コールしても繋がらず、五分おきに何度も電話してやっとつかまった。 「おい、ふざけんなよ」  俺の言葉に姉はムッとした声で返事をする。 『なによ、お姉様に向かって開口一番それ?』 「俺を騙したな」 『はぁ? なんなのよ。私疲れてるんだから手短に要件だけ話して』  とぼけやがって。 「課長のことだよ。宮藤暁斗! 姉ちゃんの同級生だったなんて聞いてないぞ」 『ああ、なんだそんなこと? ふぁあ、明日にしてよ、肌に悪いからスキンケアして寝たいわ』  あくびしてんじゃねー。何がスキンケアだ! 「待てよ」 『もう、なんなのよ。宮藤くんが私の同級生だったからなんなの?』 「だからっ! え……と」  あまり深く考えずに怒りに任せて電話を掛けたが、これって俺と課長の関係を説明する事になるよな。 『なに? 早くしてよ』 「か、課長にパーティーサクラのバイトのことバラしたんだろ?」  とりあえず当たり障りのないことから切り出した。 『はぁ? あんたの会社、副業禁止だって散々聞かされてるからそんなこと言わないわよ。宮藤くん同じ会社なんでしょ? 彼から聞いたわよ」 「え、言わないでくれたの?」  俺はてっきり課長と姉は全部知っててグルなんだと思っていたので驚いた。 『そりゃあ、だってあんたにサクラのバイト辞められたら困るし。ていうかパーティーにサクラ入れてますなんて主催者の私が客に言うわきゃないでしょーが』 「それもそうか……」  あれ? じゃあ課長は姉ちゃんと結託して俺を騙そうとしたわけじゃないのか? 「課長も姉ちゃんが頼んだサクラだったんじゃないの?」 『最初のときは違うわよ。でも、えーっと』 「最初のは? ってことは先々週のは?」 『あー。バレてた? 先々週のは私がお願いしたのよ』 「なんで……?」  よくわからなくなってきた。どうなってるんだよ。 『何ヶ月か前あんたにサクラ頼んだ日は人の集まりがほんっと悪くて当日まで参加者募ってたのよ。で、当日ふらっと参加してきたのが宮藤くんだったの。私もビックリしたわ』  てことはあの日課長が来たのはたまたまだってことか。 『で、あの日パーティーの後で宮藤くんが私に話しかけてきたのね。新木って名前でピンときたらしくて私とあんたが身内なんじゃないかって聞かれたの。隠してもしょうがないから正直に兄弟だって答えたわ。でもバイトでサクラやってもらってるとは言わなかったわよ。まあ、そのおかげで彼はあんたのことゲイだと勘違いしちゃったけど』 「げっ」  そういうこと? じゃあ課長は俺のことノンケだと知っててハメようとした訳じゃなく素でゲイだと勘違いして口説いてきたってことか? 『副業のことバレる方が嫌なんでしょ? ああ、ゲイって思われる方が嫌だった?』 「あー……うん、副業バレるのはヤバい、です」  性的指向については別にとやかく言われる時代じゃない。でも仕事をクビになるのは困る。  姉は一応俺に気を遣ってくれたらしい。 『それでね。宮藤くんが弟を口説いて良いかって律儀に聞いてくるもんだから……』 「え!?」 『私に止める権利は無いしOKしちゃった』 「と、止めてくれればよかったのに!」 『えーでも面白そうだからいいか~って。あはは』  あははじゃないんだよ! こちとらケツ掘られてるんだから、そこは全力で止めろよ! 『それで、弟に手を出すの認める代わりに私の言うこと一つなんでも聞けって条件付けたのよ。それで先々週サクラをしにきてもらったわけ』  そういう事だったのか――ってつまり姉ちゃんが俺を売ったんだな? 俺の尊い犠牲(尻)をどうしてくれるんだよ。 『しかも連絡した時にはあんたとうまくいってるみたいで自慢してくるからなんかムカつくじゃない? 可愛い弟に生半可な気持ちで手ェ出してんじゃねーぞって思ってさ。宮藤くんを試すために先々週のパーティーにあんたと似たタイプの知り合いを投入して色仕掛けさせたのよ』 「はぁ!? 何してんだよ」  このクソ姉の考えることときたら……! 色仕掛けってなんだよ? 『うっさいわねー。耳がおかしくなるじゃない』 「で、課長はどうしたんだよ?」 『それがパーティー中はその子と仲良さそうにしてたんだけど、終わってからその子が宮藤くんのこと飲みに誘ったら断りやがったのよ! あんたに本気みたいね、彼』  なぜか姉は悔しそうにしていて、逆に俺はなぜか課長が他の男と飲みに行かなかった事にホッとしてしまった。 「そ、そっか………」 『ヤダもう、なに? 安心したような声出しちゃって~! まさかあんたも本気で惚れてるの? ノンケのくせに宮藤くんみたいな冷たい男といきなり付き合えるわけ?』 ――なに? 「冷たい男って?」  あのうざいくらい激甘な課長が冷たい? 『そうでしょ? 見た目はもの凄くいい男だけど、高校のときから付き合った相手にすら冷たいって噂だったわ。ここだけの話私も振られた事あんのよ。ゲイだって耳に挟んだから告ってみたら女みたいな奴は好みじゃないって一言でバッサリ。今思い出しても腹立つわぁ』 ――え、姉ちゃん振られたことあんのかよ!?  それはそうと、課長は恋人には甘いって自分でも言ってたけどな。 『私みたいのより、あんたみたいなのが好みのようね。それにしても今日電話してきたときはおかしくて笑っちゃったわ』 「え、課長が?」 『ええ。今夜あんたと会うのかって聞かれたから会うと言ったら俺も行って良いかって』  ええ!? 課長そんなこと言ってたの? 『パーティーが開催されるのはネットで調べればわかっちゃうし、隠せないと思ったから今夜はあんたに助っ人頼んだって言っちゃった。あ、でもバイトとは言ってないわよ。安心して』 「はぁ……」  バイトってバレてないならセーフ? 『宮藤君ったら奏太が変な男に言い寄られてないか見張ってろなんて言うのよ。必死な声で。笑っちゃうわよね!』  姉は言葉どおりケラケラ笑った。  見張ってろってなんだよ……。でもつまり課長は俺のことを心配してたってことか。 『後からあんたがパーティー常連の男に言い寄られてたわよって電話して教えてあげたらそれ以降向こうからはパッタリ連絡が来なくなったわ。それであんたから今電話貰うまで忘れてた。あはは! 宮藤くんとは会えたんでしょ?』 「あ、ああ。会えたよ……」  会えたも何も課長はその後俺のマンションに来てヤリまくってたからな。どうやって俺の居場所を知ったのかはわからないけど、とにかく彼は俺を探しあてた。  とりあえず話を聞く限り、姉と課長が二人して俺を騙そうとした形跡も口裏を合わせてる様子もない。単に課長はたまたまあの晩姉と再会して、俺が副業してるのをバレたくないがためについた嘘のせいで俺のことゲイだと思い込んでるって状況は変わらないわけか。 ――待てよ。じゃあつまり俺が勝手に勘違いして課長に暴言吐いて追い返しただけってことじゃないか?  今まであんなに高い肉とか酒を散々ごちそうになって、セックスはともかく体洗ったり髪乾かさせたり奉仕させておいて怒鳴りつけて追い返したと? ――え? え? これ、やばくね? 俺が勘違いクソ野郎じゃん。
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