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21.恋人ごっこの終わりと後輩の誘い
電話を切って俺はソファにゴロンと横になった。
「俺……勝手に課長と姉ちゃんのドッキリとか思って酷い言い方したよな……」
ああああもうなんでこうなるんだよ俺は! 課長に謝らないと……。
でも、謝ってどうするんだ? 俺の勘違いでしたって言ってそれから……?
課長に悪気がなかったのがわかって、俺が勘違いを謝ったとして、またお付き合いごっこ再開?
でも俺は男の課長と付き合うこと自体元々望んでいなかったんだ。このままフェードアウトしてしまえば、課長と付き合ってることも無かったことになるんじゃないか。
そうだよ。俺がわざわざ謝ったらまた勘違いお付き合い再スタートだ。それなら、このまま黙っていればいい。そうすれば課長との関係を終わらせられる。
うつ伏せになってスマホを見る。
着信拒否すると言っておきながら、実際にはまだしていない。課長から何件かメッセージが来ていたけど開く気にはなれなかった。開いてしまったらまた彼の巧みな話術にハマって流されて、気づいたら課長のベッドで一緒に寝ることになるのは目に見えている――。
――そうだ、よし、決めた。
俺は課長に謝罪しない。このまま別れたって課長が思ってくれたらそれでいい。俺的には何も無かったということにして全て忘れてしまおう。
◇
多少良心は痛むが、結局俺は課長と連絡を取らずに翌週月曜の出勤時間を迎えた。
「おはよーございます」
「新木さんおはようございます。すいません、先週のこのファイルですが……」
課長がもしかしたらまた俺を無理矢理どこかへ引っ張り込んで先日の非礼をなじってくるんじゃないかと身構えていた。しかし、いつも通り課長はこちらに視線を向けることなくその日の終業時刻が過ぎた。
なんとなく肩透かしを食らったような気分で俺は帰りの電車に乗り込んだ。
――なんだよ、課長のやつ。
あれから着信も無いし(結局着拒してない)、今日話しかけられると思ったのに仕事上必要な会話をする以外はこっちを見もしない。メッセージを読まず返信もしていないんだから当然と言えば当然か。
別に話しかけられてもどんな顔していいかわからないから好都合だけど!
「はぁ……今夜何食おう」
それから一ヶ月くらいの間、俺は味気ない出来合い品を食べながら週末はダラダラと家で過ごし、彼女のいない独り身としてつまらない日々を送っていた。
少し前の課長と過ごしていた期間はいったい何だったんだろうな――夢か幻か。
でも今はもうゲイのフリなんてしなくていいから楽だし。彼女をつくらないのかって? 別に彼女がいなくたって、デートのこととかイベントごとのプレゼントに頭を悩ませなくていいからハッピーじゃん。俺はしばらく一人を楽しむことにしたんだ。あ、課長がよりを戻そうって言ってくるのをフリーのまま待ってるわけじゃないからな!
◇
そしてある日、後輩の北山が昼休みに入った直後に話しかけてきた。
「新木先輩、相談したいことあるんですけど今夜飲みに行きません?」
「え? ああ、いいけど……」
――急になんだ?
北山は二年後輩で年も近いが、営業部の彼と広報部の俺はそこまで親しくもない。会社の飲み会でなら同席したことはあるが、サシで飲んだ記憶はない。昼飯に関しても彼を含む数人で一緒に食べに行ったことはあるけど、話してみてもあまり共通点はなかった。
率直に言って陽キャなイケメンというイメージしかない。こいつがイケメンだからムカついて仲良くしていなかったというわけじゃないが、この社内で女性社員が北山を取り合って揉めたとか揉めてないとかいう噂は耳にしたことがある。
相談ってなんだ? あいつと仲がいい俺の同期の高野には出来ない相談――あ、もしかして高野にパワハラされてるとか? げー、なんで俺に言ってくるんだよ。高野温厚なタイプじゃねーの? 実は裏では怖いとか?
面倒くさいが、後輩に相談があると言われたら断れない体育会系の俺だった。
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