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「うちの近所のスーパーにはねぇ、春過ぎくらいからスイカが並ぶんだよ」
きみがこの町を出てから7度目の夏。6度目の夏よりも5度目の夏よりもきみは一段と綺麗になって帰ってきた。
きみがこの町を出てから初めて迎えた夏も、きみはとてつもなく綺麗になって帰ってきた。
あの夏のきみは僕史上最強に綺麗なきみだった。
「ねぇ、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。スイカが何だって?」
コンビニ派の僕はこの辺のスーパー事情なんて知らないけれど、きみが住む街のスーパーには、春過ぎから夏の終わりにかけて、日本各地のスイカが順番に並ぶらしい。
「熊本でしょー、千葉でしょー、新潟山形秋田と来てー、最近は9月になっても北海道産のスイカが並んでるんだよ。北海道もスイカ作ってたって、知ってた?」
ちらりと左側を見ると、ドヤ顔のきみが目を輝かせていた。
「食べ比べでもしてんの?」
「してる」
「どこ産のが一番美味いの?」
「全部美味いよ」
「違いわかってる?」
「素人レベルではわかるよ? 多少はね?」
「はいはい」
熱弁するわりにはちょっと薄っぺらい。きみの話には中身が詰まっていないことが多い。けれど――。
「でもね」
「ん?」
「やっぱり、ダイちゃんちのスイカが一番好き」
「……あっそ」
「私の中のスイカは小さい頃からダイちゃんちのスイカだから。一番美味いかはわからないけど」
「好きだけで良いじゃん。相変わらず一言多い」
「好きだよ。ダイちゃんちのスイカ、一番好き」
僕はきみのこういうところが好きだったりする。
投げろと言えばストレートを投げてくれるところ。スカスカなくせに真ん中には甘みがギュッと詰まっているところ。
『好き』の言い方。
「一番良い音するやつ持ってきたよ」
「良かった、まだあって。ダイちゃんちのスイカ食べなきゃ、私の夏始まらないからさ」
「もう8月も終わるけどな」
――僕の夏はいつもきみで始まる。
8月になると毎年、きみは『X X日のX X時に着く新幹線で帰るから』と僕に連絡してくる。当たり前のように僕に迎えに来いと。
きみの親や兄弟、きみの親友に迎えを頼めば良い。そう思いつつも、きみの『ただいま』と、向日葵のような笑顔が早く欲しくて、僕はいつも『了解』と返事してしまう。
今年の夏は会社の同期と旅行に行くとかで、帰省はしないと言っていた。
けれど、急遽8月最後の土日できみが弾丸帰省した。結局今年も、僕の夏にはきみが居る――。
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