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「海行こ。海連れてって」
「海!? もう入れねぇぞ」
「入んないよ」
「良いけど、俺この後親戚の所に野菜届けなきゃいけないから、その後で良い?」
「もちろん。あっ、チャリで行こうよ。2ケツで」
本気で言っているのだろうか。
「俺もう10代じゃないからお前乗せて漕ぐの辛いんですけど。警察に捕まるんですけど」
「あはは。じゃあ、軽トラにチャリ乗っけてって、着いたらチャリでぐるっとしようよ」
「正気……? 軽トラ? ダサくね?」
「昔よく、ダイちゃんのパパさんが軽トラの荷台に乗せてくれたじゃん。ダイちゃんが運転する軽トラには乗ったこと無いからさ、助手席に乗せてよ。荷台でも良いけど。あはははは」
本気なのか冗談なのかよくわからない。
「別に良いけど、まじで軽トラで迎えに行くからな?」
「うん。チャリ積んだ軽トラで来て」
「あはは。ダッセ」
――こんなことを考える女は、きみくらいだ。
いつもは皆で海で遊んで、バーベキューをした後にスイカ割りをして、夜になったら花火をする。社会人になった僕らの短い夏はきみの『ただいま』で幕を開ける。僕はその瞬間が一年で一番好きだったりする。
きみだけが居ない今年の海は何だか殺風景だった。いつ始まったのかもわからない味気ない夏がただただダラダラと流れていた。
そんな夏が今、やっと目を覚ました気がした――。
夕方、自転車を積んだ軽トラできみを迎えに行くと、きみは軽トラに乗り込んでからもしばらくケラケラと笑っていた。
小綺麗なワンピースを着て帰ってきたきみが、ラフなTシャツとGパンに着替えている。こっちの方が、好きだ。
直角な背もたれの助手席にピンと姿勢良く座っているきみが、何だか可笑しくて、可愛く見えた。今はまだ軽トラの助手席なんて似合わないけれど、20年後も30年後もその後も変わらず――。
「ねぇ、ダイちゃん」
海沿いに差し掛かると、きみはトーンを落ち着かせた声で僕を呼んだ。
「ん?」
「ダイちゃんは……好きだった人が別の誰かと結婚しても、平気? ダイちゃんちのスイカ畑貸切にして、好きだった人とその旦那さんに渾身のスイカ振る舞える?」
きみはそのトーンのままわけのわからないことを話し出した。
「は? 何だそれ。好き……だった人なら、別に祝えるっしょ。何の話?」
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