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「じゃあ、俺から離れてよ」
「来る時『ちゃんと掴まってろよ』って言った。チャリ漕いでよ。帰ろ」
来る時なんて、Tシャツを掴んでいたくせに――。
「お前って……悪い女だな」
「……今更気付いた?」
背中に感じるきみのぬくもりが愛しすぎて、拒めない自分が情けない。どうしてこうなった。始めるつもりがどうしてこうなった。
「いつも通り、皆と、俺と、ここで過ごせば良かったのに。夏」
「海行っても花火行ってもお祭り行っても、庭でスイカ食べてもビール飲んでも線香花火しても、送り迎えしてもらっても、幼馴染との楽しい思い出が増えるだけで、始まらないまま終わったでしょ。いつも通り」
きっかけがあれば――。なんて、言い訳だ。
――無心で駐車場まで自転車を漕いだ。そして、自転車を軽トラの荷台に乗せた僕は目の前に突っ立っているきみを抱きしめた。
「暗くて見えなかった。っていう、ただの接触事故だから」
僕は何を言っているのだろう。
「じゃあ……しょうがないね」
きみは僕の背中に腕をまわし、僕の背中をポンポンと叩いた。そして「これが2週間前だったら、まだ明るくて、暑くて、肩さえ触れなかったでしょ」と呟き、僕の心臓に耳を当てた。
――可愛すぎるチアリーダーだった真夏の天使が、妖艶な晩夏の悪魔に見えた。
――僕たちはダサい軽トラで、最後であろうふたりきりのドライブに繰り出した。地獄のようなこの時間でさえも愛おしいのは、本当の終わりがこの地獄の出口で待っているからだ。
「何時に帰る?」
「朝陽が昇ったら」
「日の出何時? ダイちゃん明日も朝早いでしょ」
「どうでもいい」
「今日中には帰ろ。私……これからの75年は彼が一番だから」
何だか腹立たしい。本心なのか、嫌われようとしているのか、煽っているのか。本当に僕と終わりたいのなら――。
僕は路地に車を停め、助手席に座るきみの顔に僕の顔を近付けた。
「5秒以内に突き飛ばさなかったら、キスするから。本当に朝陽が昇る前に帰りたいなら、俺のこと突き飛ばして」
5、4、3、2――――。
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