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《ルースター、緊急事態招集です!》
『三等客室』と揶揄される殺風景な個室。スピーカーの声に起床を促され、ルースターが目を開ける。
「緊急事態……?」
狭い空間で急ぎ身支度をし、ハッチを開けて通路へ出た。基地全体を不穏な空気が包み込んでいるのが肌に伝わる。
「何があったんだ?」
近くにいた仲間に尋ねると。
「ああ、火星との量子同期通信が途絶しているらしい。リモーターシステムにアクセスできないとか」
「何だって!」
リモーターでの作業は、時間差ゼロでアクセスが可能な量子同期通信あっての話である。光の速度しか出ない電波通信では往復30分のタイムラグが出るから、とても使い物にならないのだ。
「システムダウンですか?」
通信室にやってきたルースターが眉をひそめる。
「ああ、どうやら火星側の機器トラブルみたいだ」
輪の中心でタブレットを操っていたのはオーストリッチだった。彼はルースターと同じく、量子同期通信の設備機器が専門なのだ。
「そんな馬鹿な……」
ルースターの声が上ずる。
「すぐに復旧しないと『再始動計画』全体が止まる。冗長システム側もダウンですか?」
再始動計画。
それは火星の地殻深くに掘削を行い、マントル対流を促すことで地磁気を発生させるのが目的だ。
火星に大気が無いのは太陽風に吹き飛ばされたせいだが、これは地磁気を失ったためだ。だから『人類が火星地表を生身で暮らす』という大目標のため、地磁気の再始動は欠かせないのだ。
「ダメだな。向う側のトラブルで量子脈絡から先が途絶した可能性が高い。何しろ量子同期通信のコアは300年近くも前に構築された骨董品なんだ。何があっても不思議じゃあない」
オーストリッチが「ちっ!」と舌打ちをした。
「脈絡は維持しているのだろう? 再起動ではどうだ」
背後から白い制服を着た司令官がやってきた。
「ダメですな。システムを再起動しようにも、信号を受付る様子すらない」
オーストリッチが無念とばかりに声を絞る。
「……他の施設はどうなんだ。発電システムは無事か?」
発電システムが暴走し爆発でもすれば、これまで人類が積み上げた苦労の全てが水泡に帰すことになるが。
「現状、核発電炉は何れも正常運転を継続しているようです。電波信号なので15分前までしか把握できませんが」
別の仲間が小さく首を縦に振った。
「……であれば、これは」
司令官が「ふぅ」とひとつ、ため息をつく。
「『送り込む』しかねぇな。修理用のリモーターをよ。ただし、緊急用のシャトルだと運搬は2体が限界だが」
やれやれとオーストリッチが立上った。
「なら、残り1体は僕が担当しますよ」
ルースターが、オーストリッチと拳を軽く合わせた。
「頼むぞ、二人とも」
司令官がルースターとオーストリッチを見比べる。
「月からだと到着まで70日くらいか。致し方ない事態だが、一刻も早く復旧を目指そう」
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