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「ああ、いい夕日だ。最後の最後に肉眼で見るという夢が叶ったよ」
オーストリッチはヴィーグルの助手席に深く腰掛け、腹の上で両手を組んでいた。見つめる先に、赤茶けた地表を藍色に染める夕日が地平線の彼方へ沈もうとしている。
「騒動の前夜、俺はメディカルチェックを受けたんだ。リモーターからの感覚で感傷に浸るようになるのは離人症の限界判定なんだとさ。リモーターの資格を失ったなら、生身で行くしかないだろ?」
ぼそりと呟く犯行の背景。
「なあ、ルースター」
落ち着いてはいるが、酸素はさほど残っていまい。よく持って10分か、20分か。
「お前はどうして宇宙を目指した? 宇宙事業は無条件に夢を追う場所では無くなっていると知っているだろう」
ルースターはその問いに少し間をおいた。
宇宙事業参加のハードルは決して低くない。高度な専門知識と安定した人間性や健全な肉体、緊急時における適応力が問われる『高レベルな職種』だ。
だがその一方で宇宙放射線など身体に蓄積される障害が大きく、事故や病気になれば高い確率で助からないのも周知の事実。
現代は大気圏外に出て地球を見下ろすだけで、或いは月面に足跡を残すというだけで大きな意味のあった時代でもない。
では何故、宇宙へ。
《僕は》
ここでの会話の全ては月支援基地で傍聴・記録されている。だがそれでも隠し事なく腹を割って話すべきだと、ルースターは自覚していた。
《僕の背中に生える開拓精神と高度文明の両翼に、宇宙を渡る力があることを証明したいと思ったんです。僕らは『宇宙を飛べる鳥なんだ』と》
「『エリィの呪縛』か」
眼の前には地殻掘削用の巨大リグがそびえ立っている。71日前と、何ら変わりなく。
《あなたは……どうなんです? オーストリッチ》
ヴィーグルを止め『月面の2倍の重力』に苦労するオーストリッチに、ルースターが肩を貸す。
「俺か? 俺はな――」
リグ施設の中はあの日のままだった。ごったがえす機器類と、足元を這い回る配線の束。
電源は生きているのだろう。全自動で掘削を続けるリグが低い唸り音を立て、ゆっくりと回転しながら着実に地殻の掘削を続けている。
「下だ……下へ行きたい。簡易エレベーターがあったろ? あれでリグの最下端まで行きたいんだ。リグは24時間で1メートルを掘削するから、あの日から70メートルは掘れているはずなんだ。そうすれば」
やってきた簡易な鉄カゴ製エレベーターに乗り込み、2人が地下深くへと降下していく。
《……何があると言うんです?》
ルースターの問にオーストリッチは「見た方が早い」としか答えなかった。
やがて、エレベーターはリグの最先端、その少し手前で『終点』となった。停止したカゴから降りた先には、削り取られた直径20メートルの岩肌が地上まで屹立している。
「やはりな。これだよ、俺が見たかったモノは」
オーストリッチが弱々しく指を差す。
《何がです?》
ルースターがそれに気づくには、数秒の時間が必要だった。
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