64人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「いいか? この地層は今から約35億年前のものだ。そしてお前も知っている通り『ここから上』に生命の痕跡はない」
つまり、大繁栄した火星の生態系は『35億年前』に突如壊滅したことになる。6600万年前に地球から恐竜が姿を消したように。
「不自然だと思わねぇか? 地球の進化の系統樹が『1系統』しか存在しないだなんて。46億という歴史で無から生命が誕生したのはたったの1回だけなんだ。そんな奇跡があると思うか? そして――」
オーストリッチが言葉を切った。呼吸が荒くなっている。酸素が限界に近いのだろう。
「……同じ時期に、火星の生態系が壊滅している。これはただの偶然なのか?」
《ち、地球の生命の起源が火星にあったとでも?! 地球の生命だって最初はバクテリアから始まったんですよ?》
「例えば、だが。火星に巨大な隕石が落ちて生態系は壊滅……だが砕けて宇宙に放出された火星の岩石に原始的なバクテリアが付着し、そのまま地球に落下したとしたら?」
その場合、進化の系統樹が1本に絞られる説明がつく。
ルースターは足が震えるような感覚に襲われた。
「DNA等による自己複製を始め、生命のシステムは実に複雑かつ精密でよくでき過ぎている。例えば何か未知の方法で過去の情報を記憶しているのだとしたら? しっかりした前例があればシステム構築もより早く確実になるのは、お互いよく知っているだろう?」
《もし仮に、そうだとしたら》
想像……いや、妄想は更に進む。
《火星の生命は――》
「そうだ。『また別の何処か』からやってきた可能性がある。いや、その可能性の方が高いだろう」
だとするならば、だ。
《僕らは『飛べない鳥』ではない。むしろ》
「ああそうだ。この呆れるほど広大な宇宙に生き残る星を探し続ける渡り鳥みたいな存在だと、俺は考えた」
オーストリッチがふらりと立ち上がり、化石の埋まる岩肌へ愛おしそうに頬を預けた。
「ルースター、俺は死なんざ怖がっちゃあいない。人間誰だって死ぬからな……だが、これほどの大発見を他人に譲るなんていう屈辱は『誰にでもあること』か? 違う! ……違うんだ」
ならばこそ譲れぬ想いが。
「俺は発見したんだ。エリィの呪縛が真理ではないことを」
オーストリッチの身体がずるりと地面に崩れる。
《オーストリッチ!》
慌てて抱えあげると、彼は無言のまま震える手で漆黒の天頂を指した。
言葉は無くとも肌に伝わる確かな意思。
《ええ、次は僕の番です》
やっと見つけた。自分はそれを伝えたかったんだ。とても小さくて、とても大きな発見。ルースターが己の覚悟に声を震わせる。
《僕が宇宙の深淵へ飛ぶんだ。そして次の新発見を……」
遮光ガラス越しのオーストリッチが微かに笑ったように見えた。まるで『行ってこい』と励ますかのように。
足元の砂塵が、ふわりと宙に舞った。
完
最初のコメントを投稿しよう!