第一話 日常と毛を失い

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第一話 日常と毛を失い

 俺の名前は毛原秀行(けはらひでゆき)、今年で30後半を迎えるそろそろおじさんと言われそうなよく居る普通のサラリーマンである。  この日、ようやく週末を迎えて長い残業から開放されると俺はすぐさま会社を早足で後にした。  仕事が終われば、時間ぎりぎりに上司から書類を頼まれない限りは、この場所に用はない。  遂に明日へと控えている、残業の休日出勤が続きようやく迎えた二週間振りの休日に対して喜びを感じているからである。  実家からは結婚はまだか、孫の顔はいつ見れる等との電話が一ヶ月に一度くらいは来る。    相手が居るなら既に結婚してるわ!    そんな事を親に強く言えるはずもなく、そのうちするとか適当に流している。  いつになるか分からない結婚よりも、俺は翌日に控えた休日の方が優先である。  別に一人でも寂しくない、寂しくないよ……。  小さなため息が僅かに溢れる。  まぁ、既にそれなりの年だし……。  そのうちすればいいとか自身の若かりし頃は思っていたよ。  会社で出世とかすれば、そのうち彼女の一人くらいは出来るって。  そう思ってた時期もあったさ。  まぁ現実はこれだ、辛い。  そして、更にここ最近は薄毛にも悩まされている。  ここ最近は確かに身体もそれなりに老い始めてるのを常々とは感じるが、自分が真っ先に感じたきっかけというのが体力の衰え以上に髪の毛がなんか最近薄いんじゃね?的な事であった。  薄毛が気になったのが、2年くらい前の夏。  最初は気のせいかと思ったが、3ヶ月くらい経ってからコレなんかヤバいんじゃねとか思っていた。  思い立ってから行動は割とすぐに起こした。  ネット広告や通販でやってる、よくある育毛剤。  手始めに俺はそれを試してみた。  結果、効果は無かった。  会社の同僚や、先輩に何人か例の育毛剤を使ってる人が居たので効果があったのかを聞いたところ、体感2割気持ちがマシになったそうだ。  つまり、あまり意味がないという事である。  それから俺は幾つかの育毛剤を試した。  そして効果は結局なかった。  植毛も試そうかと思ったが、手入れがかなり面倒そうに思えたので手は出さず、自毛をどうにか生やしたい一心で色々と試し続けた。  結果、特に効果が見られないまま2年も育毛剤へと散財し続けて過ぎ去ったのである。  徐々に消え去る自毛、風呂場の排水溝に少しずつ貯まる自身の毛に怯える日々であった。  髪の毛が生えればきっと、モテるとかそういう期待はしてない、してないよ。  俺はただ髪の毛を消え去る様で老いる日々が嫌なだけなのだから。  そんな事を思いつつ、家の近所のコンビニで晩酌用の軽いツマミと缶ビールを3本程購入。  独身生活を謳歌し、社畜としての日々を特に何か文句も言わずこなしている自分へのご褒美だと強く言い聞かせながら、俺は帰るべき我が家へと向かった。  その時である。  不意に目に入ったのは何処かの国の民族衣装のような物を纏った子供が路上の隅で座り込んでいたのだ。  家出、もしくは近頃流行りのオフ会的なアレか?  独特な衣装故に、視線がその子供に向かってしまうと子供が俺の存在に気付く。    「そこのもの、何か食べ物あるかの?」    子供は不意にそう小さな声で見も知らぬ俺に向かって話かけてきた。  声からして女の子、通報される事案になるのが怖く立ち去ろうとさえ思ったが、瞬間子供の方から小さな腹の音が聞こえた。  周りを見ても、この辺りは住宅街ではあるが夜もそれなりに遅い為に人通りはない。  この場にいるのは、俺とあの変な衣装の子供のみである。  食べ物はあるにはある、しかし…… ●  言うまでもない、俺はお人好し過ぎた。  あれから間もなくして、俺とその例の子供は近くの公園のベンチに腰掛け先程コンビニで買ったツマミ類のそれを子供に食わせていた。  「これは美味い、美味い、美味いぞ!!」  異様にがっついて食う様に、家庭環境が余程悪かったのかと僅かながらに感傷に浸ってしまう。  流石にこのままにしていく訳にもいかず、結局手を伸ばしてしまった。  いや、悪いことじゃないはずだ。  これは人助けだと、強く俺自身に言い聞かせ俺はその子供に色々と事情を聞いてみる事にする。  警察への連絡も含めて、彼女が何処の誰なのか事前に何かしらでも僅かな情報が欲しいところでもあるからだ。  「あー、食いながらでもいい。  君、どうしてそんなところに一人で居たんだい?」    「ちょっとした散歩がてらじゃよ……。  しかしじゃ、全く困ったものよのう。  我を一体何だと思っているのじゃろうなこの世界の者共は……。  我を子供扱うしようてからに……」  なんだろう、あまり深く関わってはいけない方面の人だよね、コレ。  「あーー、まぁそうこともあるよね」  とりあえず適当に話を流そう。  そして俺は自身のスマホを取り出し、警察へ電話を掛けようとする。  「そこの者、そなたの善行に我は非常に助かった。  この礼として、お主の願いを叶えるきっかけを与えようぞ!」  ベンチの上に立ち上がり、座る俺を見下しながら偉そうにそんな事を言い出した。  「いや、別に何も要らないよ。  君みたいな子供が何か出来る訳無いだろうし。  願いといっても、俺の髪の毛に合う育毛剤なんて物を子供の君が持ってる訳ないだろう?」  「我を馬鹿にするな、人間!  我ならイクモウザイ等という物を与えるどころか、この世界の概念すら変革出来る程の天変地異なる力を授けることだってできるんじゃぞ!」  「なら、やって見ろよソレ。  どうせ、できっこないだろう?」  子供相手に少しムキになってしまった。  怒りと僅かに涙ぐむ子供の姿に罪悪感を覚える。  これ以上は流石にヤバい、さっさと警察に通報してこの子の保護をしてもらおう。  そう考えている内に、何かの強い光を感じた。  街灯にしては明る過ぎるし、嫌な予感が過ぎり例の子供を見る。  彼女は手元は愚か、全身に光を帯びて何かを唱えていた。  え、嘘だろ?  コレ、マジな奴?  新手の業者か何かのやべえ奴に絡まれたんじゃなかったの?  「おい、ま……」  声がこぼれた時には、既に遅かった。  帯びた光が更に強まり、俺の全身がそれを浴びてしまう。    眩しさに目が眩む。  ああ……コレ、絶対死んだな俺……!!  死を錯覚した間際、俺はもうヤケになってた。  こんな事なら子供に話し掛けるんじゃなかったな。  今のご時世、こんなおっさんが声を掛けたら事案ものだ。  警察に言ったところで、変な目で見られた挙げ句に取り調べの直行便が控えてるであろう。  すまん、実家の両親よ。  俺はなんかよく分からない子供に、殺されたようだ。  我が家であるアパートに置いてるPCは、中身の内容を見ないで即日消して欲しい。  そんな事を頭の中で願っていると、ゆっくりと光が晴れていく。  ここは天国か、あるいは地獄のどちらかなのだろうか?  そんな思考を巡らせると、もちろん全然そんな事はなかった。  普通に現実世界の先程の公園のベンチに変な子供が目の前に居るのである。  しかし先程までと違って何処か嬉しそうに「ふふん♪」等と言う調子をこいた様子の子供が視線に入った。  「あー、君?  一体、俺に何をしたんだい?  それにさっきの光の説明もして欲しいんだが……」  「そう慌てるでない、貴様には我からとても素晴らしい力を与えたのだからのう!  褒めるにはまだ早いぞ!」  何かされたのは間違いないな、うん……。  「で、お嬢さん。  一体何をしてくれたんだい?」  再び、子供?に俺は尋ねる。  そして、満を持して彼女は口を開いた。  「よくぞ聞いた!  お主に与えた力、その名はカミノ契約!!  己の何かを僅かな代償とし、神如き力を行使出来るというヒトが使うにはあまりに勿体のう程の素晴らしい力なのじゃ!」    「ふーん、そうか。  何かを代償って事はつまり視力とか血とかそういう系の感じのアレかな?」  「そうなるのぉ。  まぁしかし、何が代償となるかまでは我の力をもってしても分からないのが問題じゃがその力は絶大。  何万という人馬の軍であろうと己の身一つで無双出来る程じゃからな。  とりあえず、この世界の言葉だとステータスオープンとでも言ってみろ。  カミノ契約どのような物か、今回は特別に我が直接教えてやるからの♪」  なんか、とんでもない事をされた気がする。  まぁ、俺の身に何が起こったのかが知れればいい。  何万の軍隊を倒せるとか言われても、そんな事は一般人の俺には無駄そのものではあるが……。  「ええと……、すてーたすおーぷん?」  子供に言われた通りの言葉を唱える。  すると手元に薄いタブレット状の画面が左右に2つ現れた。  そこには幾つかの文字が書かれているが、なんかよく分からない文字で埋まっており読めない。  「あー、ちょっとまっててのう。  初期設定で言語がまだされて無かったか……」  そう言って、子供は目の前にある画面に触り始める。  すると、文字が変わりこちらでも読める物へと変化していた。 ーーーーー  HP 100531/85432  MP  132/124 ーーーーー  右の画面には何かの数字、ゲームでよくあるヒットポイントとマジックパワーとか読むアレがそこにあった。  なんかマジックパワーだけ異様に低い、そして無駄に高いHPというか初期値で既に15%くらい無くなってるのが若干怖い。  つまり、これが無くなったら死ぬの俺?    そして左には六角形の中央の石を中心に沢山の点が点在していた。  確か、この前会社の後輩がやってるソシャゲで似たようなのを幾つか見た覚えがあった気がする。    つまり、この子供は俺にゲームとかでよくあるアレな機能を与えたのだろう。  うーん、ようやく少し納得し理解が追い付いたが腑に落ちない。  こんな物があっても、困るだけだよなぁ。  日常生活がこんなオモチャの機能を貰っても何か変わる訳でも給与や休日が増える訳でもないのだ。  「あー、なるほどのぉお主の代償はアレか……」  子供はふと画面を見てそんな事を呟いた  そういやそんな事を言っていたな。  代償を払ってなんか凄い力が使えるとかいう。  能力の何かを使うに、自分から何かが差し引かれる。  まぁ無制限で使える都合の良い話でもないのだから、しょうがないところなのだろう。    「俺の代償が何だって言うんだ?」  「頭の毛じゃよ、お主の頭の毛を消費して能力が使える。  この数字はお前の髪の毛の残りの本数を示した物なんじゃよ」  「ふーん、頭の毛を代償にねぇ……」  いや待て、さっきこの子供何て言った?     頭の毛?  え……、それってつまり俺の頭の毛だよな。  毛の悩みをしている俺に、更に毛を減らせと言っているのか?!  「何を慌てふためいておる?  そんなに感激したのか、私の与えた力に!」  その刹那、いい大人の俺が地べたに這いずり回り悶絶している様がそこにある。  「アァァァァ!!」  ふざけるなよ!!  俺の髪の毛がそんなに気に食わないのか!!    いや落ち着け、こんな事しても解決はしない。  ほら、能力の中に髪を増やすアレもちゃんと……  そう思い俺は再び例の画面を見る。  右の画面、俺の髪の毛の残数を示す値に違和感を感じた。 ーーーーー  HP 100531/85422  MP  132/124 ーーーーー  オイオイ!!、HP10も減ってるぞコレ!!  つまりさっき地べたで悶絶したアレで髪の毛抜けちゃうのかよ!!  俺の毛、流石に弱過ぎやしないかい?!  もうちょい粘ってくれよ、てか能力使う前に髪の毛ぬけるとかふざけないでくれ!!  今のアレで10減るのは流石に無いやろ!!!  「おい、どうしたそんな深刻な顔を浮かべて?」  「お前、一体誰のせいだと……」  「はぁ、しょうがない奴よのぉ。  でじゃ、とりあえずその数字について説明させてくれ。  HPはヘアポイント、お主の頭の毛の本数がそこに記されておりこれが無くなるとお主の能力は使えなくなる。  だから残数には気を付けるようにして欲しい、無くなった後は我も責任は取れぬからのう。  でじゃ、その下のMPはマツゲポイント。  お主のマツゲの本数が示されておるのじゃ」  「おい、ちょっと待て!  まつ毛って何だよ、アレか女子とかが付けてるつけまつ毛的なアレか?!」  「ああ、俗世間的にはその解釈で良いじゃろう!」  そう自慢げに語る子供に俺は咄嗟に言葉を返した。  「いや、何も良くねえよ!!  おっさんのまつ毛の本数に対して、何処の需要が一体あるんだ?!  まつ毛消費して、何か能力なんて使えるものなのかよ?!  逆に心配になるわ!!」  「変な事を言う奴じゃのう。  まぁ、とにかくお主の頭のの毛とまつ毛を代償とする事で特異な能力を扱えるのじゃ。  左の画面、そこの中心にある石がお主の使える能力の器を示している。  能力を取得する事で、この石は輝きを増していく。  輝きが最大になるまではお主の自由に能力を取得する事が可能じゃ。  逆に取った能力を消す事でそれまで圧迫していた能力の枠が空いていく仕組みじゃ。  ただ消費した代償までは取り戻せん、そこは注意するように。  で、画面の中央にある六角のそれぞれがお主の扱える能力の特性を示しておる。  戦闘、交流、生活、知識、みそ汁、特殊がお主の持つ能力のようじゃな」  待て、さっき何か変なの混ざってたよな?  「少し待ってくれ、もう一回言ってくれないか?  さっき変な物が混ざっていた気がするんだ」  「我が何か言い間違えたか?  まぁよい、今度はしかと聞くのじゃぞ?  お主の能力は、この六角のそれぞれが司っており。  戦闘、交流、生活、知識、みそ汁、特殊の6つがお主の扱える能力となっておる」  「なぁその、みそ汁って何だよ。  何が出来るんだ、その能力?」  「その名の通り、みそ汁が出せる能力じゃ。  MPを消費することで能力を強化すれば、お主の扱えるみそ汁の具や出汁、はたまた味噌の種類も増えていくものだ。  今のお主の状態だと、能力を割り振っておらんから具無しの物しか出来ぬじゃろうがな。  試しに一杯作ってみるか?」  「まつ毛そこで使うのかよ!!  まつ毛を代償にみそ汁って……、何がしたいんだよソレ!!要らねえよ!  確かに、軍隊を倒せる力とかに比べたら全然使えるし全然身の丈にも合ってるよ、うん。  でも、それがまつ毛を代償に使えるものって流石におかしいんじゃないのかい!!  いや待て、もしかしてそのMPって本当にみそ汁の為だけの要素とかじゃないだろうな?!  他に何か便利な能力があったりはしないのか?!」  俺が子供にそれを尋ねると、子供は画面に近寄り色々と見ている。  少し間を開けると、笑顔でこう答えた。  「そうみたいじゃな!」  うーん、純粋無垢なこの子の笑顔がおっさんにはとても眩しいよ。  つまり、このMPはマツゲでもありミソスープでもある訳だな。  もう訳がわからない。  そうか今はもう、美味いみそ汁に対してまつ毛すら消費する時代なのか。  うん、やっぱり訳がわからないな!!  徐々に自分が壊れてしまう気がする。  能力貰うどころか、悩みの種が増えていく。  「で、その話は以上なのかい?」  「まぁそうなるの。  我からは一通り、先に説明した通りじゃ。  どうじゃ、凄いじゃろう?」   「そうだね、君が凄いのはよく分かったよ。  だからさ、今度は俺を元の普通の人間に戻して欲しいんだが?」  「お主、今更何を言うのだ!  こんな素晴らしい力を得ておいて、ソレをお前はそれを要らないと言うのか?!  これまでにこの力を得た者は、偉大な功績をこの世に残し後世にまで語られておる程の力なのじゃぞ?  ソレを貴様は要らぬと申すのか!」  「そりゃそうだよ。  俺ただの一般人だし、そんな能力も要らない。  ただの冴えない独身サラリーマンでも十分なんだよ。  ただでさえ髪の毛が抜けて悩んでいるのに、そんな残り少ない髪の毛を減らしてまで俺は何かをしたいとは思わないからな。  能力を使って、髪の毛が生えてくる訳でもないだろうし髪の毛が生えてくれるイクモウザイが得られる訳でも無いんだからさ」  「お主、まだこの力の凄さがわかっていないようじゃな。  お主が求めるイクモウザイとやら、わざわざこの世界でのみ探す必要は無いのじゃ。  この狭き世界で見つからないのであれば、お主に与えたこの偉大なるカミノ契約の力を用いて他の世界に出向きお主の求める理想のイクモウザイを手に入れれば良い話なのじゃからな」  「他の世界?どういう意味だよ?」  「そのままの意味じゃ。  実はこの世界の他に、お主達の言葉で言う異世界やぱられるわーるどと呼ばれる世界が幾つも存在しておるのじゃ。  そこでは言語も文化も地理や歴史も違う者達がお主達と同じように暮らしておる。  そんな世界にお主の力を用いて、無数の世界からお主の求める理想のイクモウザイとやらを得れば良いのだ」  「いや待て、仮にその異世界に本当に行けたとしてだ。  言語も文化も違うのにどうやって手に入れろと?  俺は向こうの世界の言葉やその他諸々なんて何一つ知らないんだぞ」  「何の問題は無い。  そこでカミノ契約の力の出番なのじゃ!  他の世界の言語や通貨、その他の文化や知識等がお主のそのカミノ契約にある能力から得られるのじゃからな。  お主の頭の毛がある限り、数多の世界で不自由なく異世界で暮らす事も出来るのじゃ。  どうじゃ、この能力の凄さが分かったじゃろう?」    「いや、だからって髪の毛を減らして育毛剤を手に入れたとしても手遅れになる可能性があるだろう?  髪の毛が無くなれば、能力は使えなくなる。  そしたら、その異世界からこっちの世界に帰れない上に髪の毛まで失ってしまうだけじゃないか?」  「確かに、その可能性もあるじゃろうな。  しかし、多少の試す価値はあるじゃろう?  お主はこれまで、そのイクモウザイをこの世界で求めたが得られなかった訳じゃからな?  つまり、この世界には無い可能性が高い。  ならばいっその事、他の世界をも巡ってお主の求める理想のイクモウザイを探す方が手っ取り早いだろう?  この、カミノ契約の力を用いてな?  どうじゃ?、これを聞いても尚お主はこの力を手放したいかのう?」  「いや、それでも要らないよ」  「何故じゃ!!  何故、我から与えられたこの素晴らしい力の価値が未だにわからぬと申すのかお主は!!」  最早キレ気味に俺に対して怒鳴り散らす彼女。  なんか少し泣きそうになってるし、実際泣き喚いてそれで警察沙汰になってしまったらソレはそれで面倒である。     なんか絶対泣いたら面倒なタイプの子だよなぁ……。  たまにスーパーとかで見掛ける、お菓子買ってもらえなくて癇癪起こしてる、あのタイプの……  「ああ、もう分かったら。  はいはい、本当に凄い力ですね、すごいすごい。  だから一旦落ち着いてね、ね」  そう言って俺は、先程のコンビニでなんとなく購入していた棒付きキャンディを手渡す。  「我を子供扱いするなぁぁ!!」  そう言いつつ、目の前の子供はキャンディをさっと俺の手から奪い去る。  それから、どれくらい経ったのかわからないが彼女をあやすのにかなりの時間を要した気がする。  実際はそんなに時間経ってはいない気がするが……。    今にして思えば、これが全ての始まりだった。  この妙に大人ぶる少女と出会った事が、俺の長い面倒事のきっかけだったのだから……。 ●  身体の節々が痛い。  寝相が悪く、気付けば自宅のフローリングでも直で寝てしまったのかと思う程の痛さ。    「っ……身体が痛えぇぇ。  昨日そんなに飲んだ覚えはないんだがなぁ……」  誰もいるはずのない自宅の一室でそんな事を寝ぼけてぼやく俺。  大きくあくびをかいて、目をこする。  視界が鮮明になった瞬間、俺は目の前の光景に正気を疑った。  石である。  俺の周りは石に囲まれていた。    正確に言えば、石壁、石床のかなり暗い部屋。  横を見れば鉄格子の扉で、足元を見れば先程まで俺が寝ていたであろうボロボロの布切れがあった。  「ここ何処だよ!!」  思わず俺はそう叫んだ。  いや、そう叫ばずにはいられなかった。  昨日の事を俺は慌てて思い返す。  仕事が終わってから、俺はコンビニに立ち寄って晩酌用の食い物と酒を買った事。  そしてその道中に、変な子供を助けて色々と絡まれてその後は……。  「ッっ!!!」  突如として頭に激痛がはしる。  あの子供と関わって以降の記憶が全くもって思い出せない。  俺はあの後自宅に戻ったのか?  あるいは、あの子供を警察に送り届けたのか?  状況が全くもって整理出来ない。  思考が混乱していく中、俺はようやく自分の身なりの異変を認識する。  妙な服を来ていた。  仕事終わり故にスーツ姿か、あるいは自宅に戻って入浴を済ませた後に少しボロくなった部屋着を着ている訳でもない。  まして、少し小洒落た服を着ている訳でもない。  色味の薄い、古びた服。  服の端が僅かに切れており、糸のほつれが異様に目立つ服である。  下も同様、かなりボロボロである。  まして靴も履いている訳もなく、石床がとても素足には痛くそして冷たい感触を覚える。  気休め程度に先程まで寝ていたボロ布の上に立つが……。  まさか俺は牢屋にでも入れられているのだろうか?  しかし、幾ら牢屋に入れられるとしても今のご時世に何の説明もなくこんな部屋に押し込む程なのだろうか?  俺があたふたと慌てふためいていると、何処からともなく足音が聞こえてくる。  鉄格子の向こう側から、ゆっくりと姿を現したのは謎の男。  今の自分よりは、明らかに身なりの整っており藍色の軍服のような服装をしていた。  「■■▲●●●●■■?  ■▲▲▲!!!」  すると、いきなり訳もわからぬ言葉を吐き、その人物は鉄格子を思い切り棒のようなもので叩く。    「ひっっ……!!」  「■ーー、■■?▲▲▲▲▲……。  ●●■■、■■■■■■■▲●●■■?」  「あの、一体何を仰っているのか?」  「●●●、■■■……。  ■■、●●■■」  何を言っているのか本当に分からない。  そもそもここが何処なのか、何も分からない。  そして向こう側の男の方はと言うと何かわかったのか俺の目の前から再び姿を消した。  うーん、いつの間にか外国にでも行っていたのだろうか?  酔った勢いで、まさかそんな事が出来る訳がない。  不審過ぎて、空港とかで絶対に止められそうではあるよな。  色々と考えにふけっていると、再び足音が聞こえた。  心無しか先程より増えている気がする。  現れたのは先程の軍服の男と、少し若年の女性であろうか。  服装は漆黒とも言えるような黒のロングスカートに、妙なとんがりボウシのような物を一応部屋の中だというのに被っているのだ。  「■■、●●■■■」  「●●、■■■●●■〜〜♪  ●●■〜、●●●!」  男と女の間で何らかの会話を交わした後、女の方は俺の方へと近づく。  男の方はというと、彼女の方が自分より立場が上ならしく何処か敬称を使っているような印象を覚えた。  「●●●、●●●●■■■?」  女の方も男と同じく訳も分からない言葉を扱う。  しかし、藁にもすがる思いで俺は女の方に話し掛けた。  「すみません、ここは一体どこですか?」  「………、■●●●♪」  返されたのは、再び意味のわからない言葉。  やはり無駄なのか、諦めるしかないと思いかけた刹那女の右手の人差し指から何か不思議な光が溢れると、それを自分の首に当てた。  一体彼女は何をしたのだろうか?     再び困惑していると、女は小さな声でそっと呟いた。  「君、もしかして外の人?  まぁ言ってもわからないか……」  「俺の言葉が分かるのか?」  「いやいや、少し違うよ。  正確に言えば、僕の力で君の思考概念と僕の思考概念を合わせただけ。  一種の初歩的な伝達魔法の一つさ。  とまぁソレは置いといて、色々と事情を知りたいから僕の方に来てもらえるかな?  このままここで殺されたいなら別だけど?」  「殺されるって?」  「今ここはちょっと色々と物騒でね。  まぁその辺りの細かいところも向こうで話すよ。  もちろん温かい食事も寝床や服もこちらの機関の方で用意するよ。  これは今の君にとって、とても良い取引だと思うんだけどさ、どうするかな?」  何か裏で企んでいそうな怪しい笑みを浮かべる彼女。  しかし、このままここでじっと待っていても今の状況が何も変わる訳がない  「わかった、その取引に応じるよ。  殺されるのは嫌だからな」  今は謎の女魔法使い?みたいな奴の言葉に今は従うしかなかった。   ●  女が俺を引き取る為に、一度手続きをしなければならない為に再び男を連れて俺から離れていく。  改めて俺は、現在の状況をこれまでの記憶を思い返しながら確認する。  俺の名前は毛原秀行(けはらひでゆき)、名前は覚えている。  年齢も今年で35で、職業は普通のサラリーマン。    とりあえず、一通りの記憶はしっかりと残っている。  そして、問題となるのはあの妙な服を来ていた謎の子供との交流について。  飢えていたところに、コンビニで買った晩酌のつまみを食わせて、それから……。  「そうだ、カミノケイヤク」  子供は確か、そんな力を俺に与えてくれた事を思い出した。  減りつつある俺の頭の毛を代償に何か凄い力を使えるとかいう、変な能力だったはずだ。    使い方は、確か………  「……ステータスオープン」  子供に言われたゲームのコマンドのような台詞を試しに言ってみる。  すると、俺の目の前にあの時の大きなタブレット状の画面のような物が現れた。  右の画面には俺の髪の毛とまつ毛の残数。  とりあえず現在の数はと…… ーーーーー  HP 100531/85418  MP  132/124 ーーーーー  心無しか若干減ってる気がするが、ひとまずあの子供から得た妙な力は今の俺でも使えるらしい。  そして左の画面には六角形の石のような物が嵌め込まれており、六角の角から薄い線が広がって伸びており少し大きめの点が多く存在。  ソシャゲとかにある樹形図的な物がそこにあった。  スキルツリー?なんか後輩とかそういうゲームやってる輩はそんな事を言っていた気がする。  俺の扱える能力は確か……。  昨日の子供が言っていた言葉を思い返していく。  確か、戦闘、交流、生活、知識、みそ汁、特殊の六角の角がそれぞれを司っている的な事だったよな。  この場合、今の俺の状況として一番欲しているのはさっきの男と女の話していた言葉を理解する能力だ。  つまり外国語を扱えるようになれば良いのだろうか?  いや、理解出来る以外にも話したり文字も読めるようにならないと困る……。  それが出来そうな物を例の石が嵌められた画面から探してみる。  使い方がよく分からないのが一番困るが……。  タブレット状の画面なので、指を二本使って広げるような動作が使えるのではと思い画面に向けてやってみる。  「あっ、使える……」  画面を拡大していくと、樹形図から伸びいてる点の分かれ目に存在していた大きめな点にそれぞれ文字が書かれている事に気付く。     俺が若干老眼気味なのか、この画面が不親切な設計なのかは分からないが……。     知識の方から伸びていた所に、異界知識レベル1と書かれた物がそこにある。  ひとまずその点に軽く触れると、そこに通じるように光の線が石から向かって伸びていく。    【取得には300HPが必要です】  こんなメッセージが目の前に浮かび、はいといいえのボタンが出現した。  とりあえず、俺ははいと選択してみた。     不思議な光が画面から溢れて俺の身体が包み込まれた。  眩んだ目が徐々に慣れていき、再び辺りを確認する。  自分の手や足元を見るが何も変化はない。  いや、なんか落ちてる。  黒っぽい毛が結構な量としてまばらに散っていた。  思わず俺の髪の毛が表示されている右画面の方も再び確認。 ーーーーー  HP 100531/85118  MP  132/124 ーーーーー  今ので毛が抜けたのか?  でも何も変化はない。  いやいやおかしい、まさか毛を取るだけな訳無いだろう?  だってほら、異界知識ってなんかそれっぽい言葉なりに何かの凄い知識が俺の頭の中に入ってるはずなんだ。  俺は必死になって、記憶を思い返す。  しかし、何か目に見えて賢くなったとか、目立つような物は何も無かった。  つまり、頭の毛を無駄に300本も散らしただけなのである。  「あぁぁぁぁ!!!」  思わず俺は叫んだ。  何も解決していないどころか、毛が無くなってしまったからである。  ああ、なんかもうどうでも良くなってきた。  やってやろうじゃない!  俺の髪の毛減らしてやろうじゃないかよ!!  「うおぉおぉぉぉ!!!!」  最早奇声のような声を上げてやっけになった俺は手当たり次第に画面上の能力らしき物を取得していく。  剣術★、槍術レベル4、弓術レベル3、裁縫レベル3、翻訳★、異界知識レベル3、索敵★、調合★………  なんかもう色々と妙な能力を取っていた。  駄菓子屋とかで、思わず爆買いしてしまうあの感覚に近いだろう。  どうにでもなればいい、とにかくヤケだった。  不意に何か身体に妙な感覚を覚えた。  頭が軽い。  「んんんんんん????」  ふと我に還り、嫌な予感が過ぎった。     足元には、さっきのまばらな毛達とは次元の違う量の黒い塊が存在。  ゆっくりと俺は右の画面へと視線を向ける。 ーーーーー  HP 100531/72080  MP  132/124 ーーーーー  「アハハハハ!!!」  やべえ!さっきので1万本くらい抜けてるわ!!  あまりの自分の愚かさに俺は狂喜乱舞していた。  もうコレ終わったわ!    訳もわからぬ能力を充てにした挙句に、俺はただ髪の毛だけを抜かれてしまった……。  笑い者も良いところだ。  今度実家にでも帰ったら、この話は面白いネタになる。  いや、そもそも今の状況で帰れるかも分からない。  髪の毛が抜けた挙句に、下手すれば殺されるかもしれないのだとあの魔法使いのような格好をした変な女は言ったからだ。  もう駄目だ、これはどうにもならない。    髪の毛を最後まで守り抜いて死ぬか?  いっそ全部抜いてから死ぬか?  「死にたくねぇぇよぉぉぉ!!」  大人とは思えない駄々を喚き始めた頃、声が聞こえた。  「お前、また訳も分からない事を叫んでいるのか?  お前に迎えが来ている、手続きも既に終わった。  さっさと出ろ!」  何処か聞いた事のある男の声。  最初に俺の方へと声を掛けた男の姿がそこにあった。  いや、待て……。  さっき何て……  「俺の言葉が分かるのか?」  「当たり前だろ?  さっきまで猿みたいな事を言ってた癖に、ようやく落ち着いたらしいな。  流石、聖教魔道士様の御力だ」  「聖教魔道士?」  「さっきの女性だよ、それもお前の引き取り相手としてだがな。  なんでも、あの方は人探しをしていてお前のような猿みたいな言葉を発する奴を見掛けたら連絡をして欲しいと言われてたんだ。  以前に一度、娘の病を治してくれた恩もあったから今回上にも無理を言ってまでお前の身柄を引き渡す事にした。  まぁ、聖教様に歯向かうような輩は奴等くらいだろうが……」  「奴等?」  「いいからさっさと出ろ、それともここがそんなに気に入ったのかよお前?」  「出ますよ!出ますから!」  訳が分からない。  いきなり、あの男の言う言葉が理解出来た。  最初は全く何を言っているのか分からなかったというのに……。    もしかして何かのドッキリ?  テレビとかでよくあるアレなのか?  とにかく言葉が通じるならひとまず安心だよな……  僅かな安堵に身を委ねて、俺は男に連れられて外に向かうであろう通路を進んでいく。  それからしばらく歩いて行くと、建物からようやく出る事が出来た。  大きな塀に囲まれて、まるで刑務所のような建物に俺は入れられていたようである。  そして施設の入口のような巨大な門の前に案内されると、先程の女性がそこで俺を待っていた。  「ようやく来てくれたね。  全く、待ちくたびれたよ。  まぁこの収容所は無駄に広いからしょうがないか」  女はそう言うも、何かに気付いたのか先程と同じように右手の人探し指を光らせて自分の首に当てようとする。  「いや、その大丈夫です。  言葉は通じていますから」  「えっ!!嘘っ!!  どうして?!」  「そう言われても、自分にも何がなんだか……?」  「君、やっぱり面白いね。  まぁとりあえず、その身なりをどうにかしないと。  てか君、少しハゲてない?」  「いや、そんな訳……」  「まぁいいや。  それじゃあまた今回みたいな事があったら宜しく〜」  男の方にそう告げ、俺と謎の女はこの巨大な施設を後にする。  そして門の向こう側に出ると、車のような物がそこにあった。  車のような物である。  車両は見当たらず、浮いてる箱みたいな物だった。  明らかに車ではないよなぁ。  「ほら、さっさと乗りなよ。  ええと、そうだ君の名前は?」  「秀行(ひでゆき)、毛原秀行だ」  「じゃあヒデユキ、早く乗りなよ」  素性がよくわからない人物ではあるが、彼女自身明るく気さくな性格な為に不安な心境が何処か気楽になれた気がした。   ●    車のような物に揺れられながら何処かへと向かう俺と謎の女。  流石に車内ではその妙な帽子は取るらしく、彼女の素顔が露わになった。  金髪と緑ぽい髪が混じった短髪。  顔つきも比較的に整い、外国人のモデルとかでこんな人が居たような気がする。  しかし、男の話を聞いた限りでは聖教魔道士という存在の一人らしい。  右手から発せられた光も含めて、彼女が並の人間ではない事は確かだ。  最早、無事に家に帰れるのか、更には自身の職はどうなるのかすら分からない。    とにかく生き延びる事が最優先だ。  ここが何処で、俺はどうしてこんなところに居るのか?    この女から聞けば何か分かるかもしれない。  「そんなに僕を見て、何か顔にでも付いてた?」  「外国人、あるいは親とかが外国人のハーフだったりするのかなって?」  「まぁ、そうだね。  イルクォオーラ共国とニルカチュア王国の両親を持つから、ハーフではあるのかな。  人種もそんなに変わらないしこの辺りではよくある普通の家柄だよ。  生まれは確かに、少しだけ良いところではあるかもだけど」  「そうか」  女の言葉は理解出来る。  しかし国の名前が全く聞いた事がない。  ヨーロッパの小国?、あるいはアフリカとか南アメリカとかその辺りなのか?   一切合切何も分からない事に、俺は再び頭を悩ませる。  「それじゃあ今度は僕から質問。  君は何処から来たの?」  「何処って、日本の首都である東京から……」  「ニホン、トウキョウ………。  うーん、初めて聞く国だなぁ。  やっぱり、外の人なのは確実かも……。  でも、何処からどう見てもあの人達と関わってるとは思えないし……」    「あの人達?」  「ユーロウズ。  君を充てにして、探している組織の名前。  外の世界からやってきては、こちらから貴重な物資や資源、更には土地を占領したりとか色々と迷惑してる連中だよ。  組織の規模や戦力は不明。  ただ分かるのは、こちらではどうにもならないくらいの力を備えているってくらい。  僕等の仲間も何人かは、奴等に殺されたり怪我も負っているんだ」  彼女が告げた謎の組織、ユーロウズ。  そんな都市伝説みたいな存在がこの現代に実在しているとは、ニュースとか新聞は割と見ているがそんなやばい連中の話は一切聞いた事がない。  「俺にはさっぱり分からない。  でも、少し気になったんだが外の世界ってどういう意味なんだよ?」  「そのままの意味、この世界とは別の世界の事だよ。  異世界とか、パラレルワールドとか全部含めて外の世界って僕等は総称している。  多分君の場合は、何かの事故でこっちに流れて来たんだと思う。  一応、君を見つけた時の状況については街中なのに服は既にボロボロで全裸に近いし、なんか酒臭いから酔っ払いで色々揉めた可能性があるって事で無理矢理自警団の方で身柄を回収した後に、さっきまで君が居たっていう収容施設に監禁させてもらったんだ。  最近色々と物騒でね、特にユーロウズの侵攻には手を焼いているんだ。  だから今のこの世界の実情として、外の世界の連中は手当たり次第に殺されてるんだよ。  で、僕等の役割はそういう外の世界の住民の保護と帰還の手伝いをユーロウズに関する情報収集も兼ねて行っている訳さ」  「なるほどな……」  彼女が言うに、俺がこのままだと殺されるかもしれないという理由が、謎の敵対勢力であるユーロウズという存在なのだと。  確かに、人も実際に殺されたり様々な問題が起こっているのであれば今の俺のような訳の分からない連中を生かしてる余裕なんて無いのだろう。  彼女が居たおかげで俺は命を救われている。  今の彼女から得られた情報が全て正しければの話だが……。  「そういう事。  まぁ君は奴等と無関係らしいし、君の元居た世界が分かり次第返せるはずだから。  まぁ気長に帰る時を待ちなよ」  「俺以外にも、外の世界の住民は居るのか?」  「まあ、それなりにはね。  保護期間中に簡単な仕事とか手伝って貰えれば、こちらから給与だったり報酬も出すし。  むしろ元の世界が見つからないまま、この世界で結婚してここに残る選択をしたって人もいる。  その最終的な判断は君達に任せるけど」  「………」  「どうしたの、何か不満や疑問でもあるのかい?」  「まあ、それなりにはな。  そもそも、外の世界の連中をどうしてそこまで保護だったり手厚い対処をしているのかって事に疑問があるんだよ。  普通に考えて、俺みたいな部外者にいきなり住む場所も食べる物与えてくれる訳で、更には仕事も与えられて報酬も得られる訳だ。  でもそれは、君の住む世界にとっては厄介者でしかないはずだろう?  どうしてそこまで、俺達を匿ってくれるんだ?」  「流石ヒデユキ、鋭い指摘だね。  僕より人生経験が豊富なだけはあるよ。  確かに、君達のような外の世界の住民は僕等にとって助ける意味は無いよ。  でもね、外の世界としてこちらが認知出来ているように外の世界側からもこの世界は認知されているんだ。  公的に取引をしている世界も存在しているくらいだからね外の世界自体はそう珍しい存在じゃない。  君達の世界はどうか知らないけど、外の世界から来る住民の保護をこちらが率先して行うことで僕等の世界の住民が外の世界に迷い込んでしまった時に保護して貰えるようにするための交換条件、取引の道具として外の世界へと恩を売る訳だ。  そこから発展して、新たな取引を得たり、外の世界への行き来も活性化出来たり利点は多少なりともある。  ユーロウズみたいな侵略者の存在現れてしまう可能性はあるけど、それ等の存在の対処に他の世界と協力して彼等を捕まえる事だって出来る。  過去にもそういう事例はあるくらいだしさ。  だからだよ、僕達が必死なって外の世界の住民を保護しようとしている理由はね」  先程までの軽い彼女の様子とは打って変わり、神妙な様子でそんな事を俺に話した。  まるで彼女自身も経験しているかのような……。  「他人事では無いのか?  君自身とも何か関係が?」  「流石、やっぱ勘が鋭いね君は。  まぁ実を言うと僕のお父さんがね、行方不明なんだよ。  あの人も僕と同じ聖教魔道士で、その中でも特に強い人で僕の憧れでもあった。  でも、ユーロウズとの戦闘になった際に向こうは次元の狭間にお父さんを飲み込ませたんだ。  敵は無事倒せたらしいけど、でもお父さんが何処の世界に行ったのか行方が分からなくてね。  それから僕も父さんの後を追って聖教魔道士になったんだ。  お父さんを探す為にそしてユーロウズへの復讐の為にね。今回、君を引き取る時に僕が向かったのはもしかしたらお父さんが戻ってきたかもしれないって思っててね……」  「そうだったのか……。  済まないな、俺なんかで……」  「いや、ヒデユキは何も悪くないさ、僕が勝手に早とちりして焦ってただけなんだから。  もう十年以上も行方が分からない、生きているかすら分からないんだ。  だから、ヒデユキは何も悪くないよ……」  彼女はそう言うと、外の方へと視線を向けた。  ここが俗に言う異世界と呼ばれる場所である事、そしてその世界で生きる彼女もまた何処かの異世界に生きているかもしれないという父親を追っている。  世の中、俺が知らないだけで様々な事情があるのだ。  つまり彼女との出会いもその一つなのだろうか?  しかし、今の俺にはどうする事も出来ない。  助けられた恩があるとはいえ、今の俺にはこの世界に関しての知識も力も全くないのである。  よくわからないまま、彼等と話せる力が手に入った程度のもの。    それでも、目の前の人を助けたいというのは偽善者ぶるのも良いところだ。  世の中はどうにもならない事の方がずっと多い。  俺自身も学生時代とか新社会人の頃には色々と手当たり次第に人助けのような事はしてきた。  人として、正しいものだと信じて続けてきた。  でも、全てが自分に良いこととして返って来ることは少なかった。    それでも見返りが欲しかった訳ではない。  困っている人を見過ごせなかった、それだけなのだ。  昔、一人の子供を交通事故から救った経験がある。  あの時の自分は、子供を助ける事が出来た。  しかし、子供が飼っていたという犬はそのまま車に轢かれて亡くなってしまったのだ。  子供を助けた事で、その子の両親やその様子を見ていた人達からは沢山感謝され称賛も受けたのをよく覚えている。  しかし助けた子供からは、思い切り怒鳴られたのをより印象深く覚えていた。  何故なら、その子供はあの犬を助ける為に向かったからである。  しかしあの時自分が動かなければ、子供の方が亡くなっていたかもしれない。  あるいは両方が……。  だから自分はあの時の行動は正しかったと思う。  一人を救えたのは事実なのだから。  しかし、子供にとってはどうなのだろう?  あの時、自分が両方を救っていれば子供は犬を失った悲しみを知る事は無かったのかもしれない。    しかし、現実は違った。  俺が救えたのは子供一人のみ。  全ては救えない、奇跡は早々に起きない。  奇跡は起きないからこそ奇跡に過ぎないのだと。  故に、自分一人に出来る事はたかが知れている。  余計な事に首を突っ込めば、自分に危険や被害が降りかかるかもしれない。  だから目の前の彼女に対して、例え自分をあの場から助けてくれた恩があるにしても彼女の父親を見つける為の力に成れるとは思えない。  話を聞いて同情するくらいしか今の自分には出来ない。  所詮は今日出会ったばかりの赤の他人なのだ……。  自分一人が余計な詮索をするべきではない……。  それでも、最初に見せた明るい彼女が今は何処か暗い面影を浮かべている事に、何処か心が傷んでいた。 ●    以降、彼女との会話はほとんどなかった。  目的地が見える頃、こちらの知るような建物とは何処か異国情緒な造りの建物が多く存在している。     「アレが目的地ですか?」  「ここの他にも幾つかあるけどここは二番目に大きな街で、街の名前はニシフ。  外の世界の住民を保護している街の一つさ。  街に着いたら色々と、手続きだったり服とかも調達しないとねぇ。  それと、もしかしたら君と同じ世界出身の人も居るかもしれないよ」  「同じ世界出身と言われても、国が違えば言語も違いますし……」    「僕とこうして話せる程なのにかい?」  「いや、そんな事を言われても自分も何が何やら……」    「君、やっぱり不思議だよね……。  最初会った時から、なんか少し違和感あるからさ」  「違和感?」  「そうそう、なんかこう変な威圧感がね。  こっちが魔法使う時に使う時とは違う不思議な力というかね。  まぁ、よくある外の世界の人達特有の異能の力なんだろうけどさ。  ほら、僕が使ってる魔法みたいなそんな力が他の世界にもあるみたいな認識だね。  見たところ、君自身はその自覚は無い感じだけど」  「えぇ、ですね……」  彼女の言ってる事が分かるようで分からない。  日本語のはずなのに、自身の理解力が追いつかない。  うーん、俺の地頭での理解力無かったからかなぁ……  「そろそろ向こうに付くし、手続きが済んだら買い物ついでに色々と話してあげるよ。  それと、ヒデユキが急に僕達の言葉を話したり理解出来た事についても知りたいし。  そこら辺の事情聴取も、飯でも食べる時にでも色々と聞きたいところだし。  君も、この世界の事は知りたいだろう?」  「そうだな……」  色々とこちらに向かって話し掛けてくれる彼女。  先程までの暗い様子がどこ吹く風にも思えるが、彼女の仕事柄故なのかもしれない。  こちらの世界の知識をある程度教える代わりに、自分が住んでいた世界の知識をさらっと要求してくる辺り、彼女の性格も相まってその優秀さが容易く伺える。  聖教魔道士とかいう組織に在する彼女であるが、俺のような外の世界の住民の保護も兼ねて外の世界に関しての情報収集も彼女の仕事の一つなのだと思う。  そして恐らく、彼女は同業者の中でもかなり仕事の出来る人材なのだろうと思う。  しかし、先程の彼女自身が言った通り自身の父親に関する手掛かりを探しているという事は本当の事なんだろうと思うが………。  そんな事を思いつつも、彼女との雑談を交わしていく内に、目的地に着いたのかようやく車が足を止めた。  俺達二人は車から降り、到着した異国の街の風貌に驚きを隠せないでいた。    多くの人々が行き交う中、その服装や人種はかなり様々出会った。  自分達の知る人種として白人やら黒人やらといった括りは存在していたが、ここでは赤であったり青であったり様々な肌の色を持つ人々が行き交っていたのだから。    しかし、俺には話している言葉が全て聞き慣れた日本語として聞こえている事に大きな違和感を覚える。  隣に居る彼女の言葉が理解出来たからなのか、ここに住んでいる人々も彼女と同じ言語を扱うからなのか俺には彼等の言葉が理解できていた。  彼女は車の中で、この街では俺以外の外の世界から来たという人々が多く住んでいると言っていた。  つまり、最初の俺と同じく言葉が通じない輩がかなりの大多数で居てもおかしくないのだ。  なのに、俺はこの街で行き交う人々の言葉が理解出来た。  その大きな違和感に、困惑と同時にある意味大きく助けれていると自覚せざるをえない。    「どうかしたの、ヒデユキ?  もしかして、人が多過ぎて酔ったりした?」  「少し気になったんだが、ええと君からはここの人達の会話が一通り分かったりするのかなって?  自分は会話の内容はよくわからないけど、母国語として全て聞こえている感じなんだが……」  「あー、そうだなぁ。  まぁ僕からしたら一部聞き慣れない言語は聞くしそれが当たり前だったから。  君みたいに、全部母国語のように聞こえるなんて事はまず絶対にないよ。  つまり、今の君は一通りの言語を理解出来ている訳なのかい?  外の世界から来たのに、その他の世界の言語に精通しているとしたら出会った時の最初の君の行動に対して色々と疑問が残るんだが……。  まぁ、その辺りの事情に関しては後で色々と聞かせてもらうよ。  まずは手続き諸々と、その服をどうにかしないとね?」  「確かに、そうかもな……」  「あ、そういえば僕まだ君に名乗ってなかったよね?」  「そういや、確かにそうだったな」  「もう、それならそれを早く言ってよ、ヒデユキ!  僕いっつも、自分のペースで勝手に話進めちゃうからいっつも自己紹介とか忘れちゃうんだよね……。  コホン、では改めて……。  僕の名前はリューナ、リューナ・ディード。  聖教魔道士所属で階級は五つ星、って言ってもよくわからないか……」  「聖教魔道士には階級制度があるのか?」  「そういう感じ、星が多い程基本的に偉いし同じ星なら年功序列や家柄が大きく働くけど……。  ええと……で、これがその階級を示す勲章ね」  そう言い、彼女が取り出したのは手のひら程の大きさの正五角形の缶バッチに近い代物だった。  その中には、ヒトデのような五芒星の星型のマークが刻まれている。  「これがその階級を示してる代物。  中に描かれている図形が階級を示していて、星が1つならこの星型の先が1つだけ付いていて、階級が上がるとそれが埋まっていく方式なんだ。  で、一番上の星が6つの階級になると六芒星の形をした勲章が与えられるって仕組み。  でも、六芒星はこの世界で10人余りしかなれない階級で、大抵は五つ星止まりで僕もその一人という訳。  まぁ、五つ星でも100人ちょいのごく少数しかいないんだけどさ」  「つまり君、リューナさんの五つ星はかなり高い階級に位置する物って認識で良いのか?」  「まぁその認識で良いと思うよ。  六つ星クラスだと、それこそ国家の軍隊と同等クラスだから扱い方やその待遇とかのレベルが全然違うらしいけど。  僕の姉弟子に当たる人が、その六つ星クラスの凄い人なんだけどね。  あの人、今は一体何処で何をしているのやら……」  「そんな凄い奴が身近にいるくらいなら、多少なりとも連絡とか取ったりしていないのか?  姉弟子っていうくらいだから、それなりに親しい間柄じゃないのかよ?」  「親しいというか……。  あの人は僕の師匠に破門された人なんだよ。  だから連絡とか気安く取れなくてね……。  色々と危険なところに手を染めたとか、詳細は僕もよく知らないんだけど……。  破門される前は、多少なりとも交流はあったんだけどね」  「破門って……。  相当やらかしてる奴じゃないのか?」  「そうなんだろうね。  でも、実力は僕より全然上だよ。  あの人は本物の天才だよ……。  行方不明になる以前僕のお父さんとも家族ぐるみで親交があったしその当時から才能はあった。  だから色々と複雑なんだよね、嫉妬だったり羨望とか色々とね」  何処か懐かしげにそんな事を語った彼女。  六つ星と呼ばれる存在になった程の、類まれなる才能があった人だそうだが……。  彼女の話を聞く限りだと、どうやら相当訳ありらしい。  目の前の彼女の口振りから察するに、それなりに年は近かったのだろうか?    しかし、自分よりも格上の存在が身近にいた事での劣等感が大きいのだろう。    「まぁ今は居ない人の事は置いておいて、さっさと手続きと君の身なりをどうにかしないとね。  それじゃあ行こうか、ヒデユキ!」  気持ちを即座に切り替え、リューナは俺の手続きと必要な物を買い揃える為に街の案内をしながら元気溢れる様子で歩き始める。  しかし何処か、乾いた何かを僅かに感じたのは気のせいではないだろう……。 ●    それから俺は、リューナの案内の元で新たな住居と衣服等の生活雑貨、更には居住に関する役場の手続き等で色々と手間を掛けてくれた。  彼女の存在ありきで、色々世話になりっぱなしだが彼女の仕事柄なのかかなり手慣れた様子でこと細やかに分かりやすくこの世界での事を話してくれた。  しかし同時に、俺は気付いてしまった。  ここは俺の知る国等ではなく、全く違う世界なのだという事。  世界地図を軽く見せて貰ったが、全く見慣れない形の大陸等の存在に頭を悩ませた。  文字が読める分、その違和感が更に大きい。  そして俺は自身の住んでいた世界の事と、謎の少女を助けた事で得たカミノケイヤクについても彼女に話した。  何かしら彼女なら分かるかもしれないと思ったが、彼女の見解によると、君の世界特有の異能の力を持つ超越的な上位存在ではないかという事。  つまり、俗に言う神かもしれないというのが彼女の見解らしい。  神が本当に実在しているのか?  俺は無信教だし、いや強いて言えば仏教?  でも、本当に居るとは思ってもいない事である。  ましてあの子供が神様なんて、いやいやあり得ない。  しかし俺はそれを信じる他無いのが事実であった。  実際のところ、カミノケイヤクとかいう力のお陰でこうしてリューナとコミュニケーションを取れているのだから。    雑談も交えながらと買い物等も全て済ませ、一段落した俺と彼女は夕食を一緒に取る事になり彼女の行きつけの酒場に向かう事になった。  一瞬俺は、彼女は未成年だから酒を飲める訳無いと思ったが、彼女は既に成人していると少し怒り気味に教えてくれた。  暦の数え方や時間も元の世界と若干違うらしいので、この世界の基準がどのような物なのかやはりわからない事が多い。  「酷いよヒデユキ!  僕の事、ずっと子供だと思っていたなんてさ!  僕、これでも今年で24なんだよ!  君の世界での数え方がどうか知らないけどさ!」  「あはは、それは悪かったよ。  でも今日は本当に助かったよ。  君が居なかったら、今頃あの牢獄の中だったからさ。  本当に感謝してる」  「感謝してよ、全く本当に世話がやけるんだからさ。  で、どう?  ここの料理、君の世界の物と比べてさ?」  「美味しいと思うよ、見慣れない色や形の物ばかりだけど、意外といけるからさ」  テーブルの上に並べられているのはこの世界での一般的な家庭料理らしい。  しかし、色が蛍光色ぽくて凄い色味。  でも実際口にしてみると、意外と美味しいので自分的にはゲテモノ的な珍味モノだと思えば良いのだろうか?    「君の口に合う物で良かったよ。  ちなみに今君が食べてる肉料理は、ヤマオオナメクジのから揚げで掛かっているタレがリュウグモの体液を洗練して出来た奴だよ」  「え……、ナメクジとクモ?」  「そうそう、でも割と一般的な料理だし。  子供から大人までみんな普通食べてるよ」  「ああ、そうなのか……うん……そうなんだなぁ」  聞かなきゃ良かったぁぁぁ!!  これがナメクジとクモって……うっ……。  知らなければ良かった、いや待てつまり他の料理もまさか……  「なぁ、それじゃあこの赤い煮物みたいなのは?」  「ああ、ソレはカバとダイコンの煮物だよ」  「カバと大根ね……なるほどなるほど」  いや、実際割とまともだった事に一瞬安堵するが、いや待てカバって言ったよな?    カバってあの動物園とかアフリカとかに居るあのカバだよな?    アレ食えるの?  てか、そもそもあんなの食おうって思うのかよ?!!  やばい、この世界の基準に慣れると元の世界に戻った時に感覚おかしくなりそう……。  這い寄るように、今までの常識が薄れるかもしれない危機感に対して俺は若干の恐怖を覚えた。    多分この他にも違和感あるのとかあるんだろうな。  毒キノコとかが食用として出されてるとか、いやこの世界で同じ名前だとしても自分の知る物とは違う可能性がある。  どっかの宗教では食べてはいけないとかで、気づかすに食べたら色々問題起こるみたいな話を聞いたような覚えがある。  多分、この世界でも何かしらのタブーが存在している。    基本は元の世界の常識がそのまま通じてくれる、いや元々住んでいた日本の常識が通じてくれるか否かだ……。  今のところは、目の前のリューナさんに対して機嫌を損ねるような行為は避けたいところ。  今現在、ようやく出来たこの世界での繋がりなのだ。  しかし、俺はもういい年だから接し方にはかなり困るところである。  そうだ、一番の心配はそこである。  目の前の彼女は24だと言っていた、こっちの世界での24と同じだと仮定して彼女程の魅力的な人物であれば恋人の一人くらい居るものである。  それも、彼女と同じ聖教魔道士とかいう世で言う貴族階級みたいなやべえ存在の可能性が非常に高いのだ。  実際の貴族社会がどうかは知らないが、俺が学生時代までに習った歴史の認識だと、そんな輩相手に粗相な態度をしてしまえば、それこそ殺されてもおかしくない気がする……。  やばい、彼女は悪くないんだが俺自身が今の状況に耐えられないかも……。  「どうかしたの、ヒデユキ?  冷たいものでも食べ過ぎた?   て言っても、食べてないしどうかしたの?」  俺の事を心配し声を掛ける彼女。  優しさが身に染みるんだが、理由が君だなんて口が裂けても言えねぇよ……  「イヤー、ナンデモナイヨー……。  アハハ……、ココノリョウリオイシイナァ……」  思わず片言で返事を返す俺。  何か面白いのか軽く彼女は笑って返事を返すと、続いて口を開いた。  「変なヒデユキだなぁ。  まぁここのお店を気に入ってくれて嬉しいよ。  いつもは僕の友人とかをここに誘うんだけど、大抵嫌な顔をされるんだよね……。  お前の料理の選び方が問題なんだぁぁ!!  て、この前友人に怒鳴られたしさ………」  待て、今コイツなんて言った?  「ん?、選び方が問題ってどういう意味だ?」  思わず訊ねてしまう。  いや、そうしたくなるような言葉が彼女の口から漏れたのだ。  聞き返さない方がおかしい、今さっき決めた覚悟の居所に関わる大事な問題である。  「さぁ?  みんなは普通の料理が食べたいって言うけど、僕は野営料理とかが好みでね。  僕がいつも食べてるような奴にここの料理が結構似てるんだよ。  みんなは趣味が悪いって言うんだけどね、全くひどい話だよ……。  でも、ヒデユキは気に入ってくれて良かったよ」  彼女の告げた返答に、俺は大きなため息を思わずしてしまった。  つまり、普通の料理もあるという事である。  どうやらナメクジやクモ、カバといった珍味ばかりを食べているような世界ではないらしい。  いや、そうだよね。  普通の食事くらい流石にあるよね。  ナメクジ食ってた時点で異常な事に普通気付くよね……。  俺の早とちり?  いや、彼女の趣向の問題の方が遥かに大きいかもしれない。  「リューナさん?  一応聞くけど普通の料理もちゃんとあるんだよな?」  「そりゃああるけど、食べ慣れた奴じゃ普通飽きるでしょ?」  「普通の奴でいいんだよ!  あるならそれを先に言ってくれよぉぉぉ………!」  俺の嘆きを見て、目の前の彼女はあざ笑うかのように笑っていた。  余計な気遣いをすれば、自分の身が持たない。  その内、虫とか食わされてるかもしれない。  いやもしかして、既に食ってるかも……。  そういや、変な食感のフライドポテトみたいなのがあったんだよなぁ……。  アレは美味かったけど、食べ慣れてるあの食感では無かったんだよなぁ……  少しギザギザしている感じの奴で味もそれっぽかったから特に気にしないで食ってたけど、もしかして……。  なんとなく、さっきまで手を付けていたその皿の方に恐る恐る視線を向ける。  まぁ、皿の上にあったものはほとんど食べ切り小さな焦げ目の切れ端部分しか残っていないような感じである、まぁ焦げ目の先に小さなトゲみたいなのがあるが……  いや、待て焦げ目の先に普通トゲなんてあるのか?  あー、これは考えちゃ駄目なパターンだわ……。    これ以上考えると、本当に頭がおかしくなりそうだ。  ひとまず、今日は彼女の奢りでこのなんとも言えない食事を共に取った訳である。  一通りの注文した料理を食べ終え、食後にお茶のようなものを飲んでいる。    特に砂糖とかは入れていないはずなのに、若干甘さを感じるこのお茶のようなモノ。  中身が何なのかは、色味的に聞きたくなかったのでとりあえず味は良いのでそれで状況を飲み込んでおこう。  お互いに一息入れていると、向かいの彼女が会話を切り出した。  「とりあえず、これからヒデユキはこの世界の住民となって過ごしていく事になる訳だけど向こうの世界で君は事務職をやっていたんだよね?」  「まぁ、デスクワークだから事務職みたいなものだよ。  でも、この世界で同じような事が出来るとは考えちゃいないよ。  言語がまず違うしパソコンとかも無さそうだからな。  似たような物があったとしても、慣れるのには1から叩き込まないといけない。  リューナさんみたいに、俺はそんなに若くないしやれる事は相当限られてる。  見たところ、この世界には魔法の類いがあるんだろう?  なら、こんないい年こいたおっさんが出来そうな仕事はかなり限られてくるよ」  「まぁ、確かにそうかもね。  君の言うとおり、確かに普通の人がこの世界に順応していくのは相当時間が掛かる。  まぁ一番の要因は、言語の理解に苦しむらしいけど。  意思疎通が取れないなら、仕事をするにもまず無理だろうね。  でも、君は例のカミノケイヤクによって僕等の言語を扱えるどころか他の世界の言語にも精通出来る異能の力を得ている。  こちらとしてもとても興味深いし、下手をすれば君の身が危ないかもね。  カミノケイヤクの存在については、僕以外にはあまり口外しない方がいいかもしれない。  下手をすれば君の世界を危険に晒さられる可能性も少なくないからね」  「それは確かに、そうなんだろうな。  やっぱり普通じゃないんだろう?  他の言語を理解して一瞬で話せるようになるなんて」  「まぁそうだね。  別に僕達が魔法や魔術の類いを使えば似たような事はすぐに出来る。  でも、その工程を必要としない君の能力はこちらの持つ能力の上位になる訳だ。  僕の見解だと、これは他の世界からの脅威とも受け取れるモノでもある。  無条件で相手の言葉を理解出来るというのは、それくらい大きな力なんだ。  まず僕等人間は言語を介して意思疎通を図る訳なんだからさ?」  「ごもっともなお話で……。  とりあえず身の振り方には気を付けるよ」  俺がそう返事を返すと、リューナは姿勢を改めて話題を切り替えた。  恐らく、話の本題的なところなのだろう。  「それでなんだけどさ?  ヒデユキ、良かったら僕の助手にならないかい?  報酬はそれなりに弾むよ」  彼女から持ちかけられた思いもよらぬ発言に俺は僅かに驚く。  「それはとても有り難い話だが、理由は?」  念の為、彼女にその確認と意図を探る。  彼女には確かに感謝しているが、先の発言に対してこの扱いは流石に納得のいかないところが大きいのである為。  「君の能力を把握しておきたいってところと、個人的に君を気に入っているんだ。  仕事の内容としては主に通訳とか、事務仕事の手伝い。  まぁ、秘書のようなものだと思ってもらっていいよ。  それに一緒に行動すれば、この世界に関して他にも色々と教えてあげられるからね」  「個人的に気に入っているか……。  こんなおっさんの何処に気に入る要素があるんだよ?」  「昔のお父さんに雰囲気が少し似ている。  それに、君とこうして話してると僕は結構楽しいみたいだし。  君も、これから就職活動をするとは思うけど特に宛がないだろう?  なら、それが正式に決まるまでは僕の元で働いてみない?  お互いに利点はあると思うんだけど、どうかな?」  「まぁ君の言うとおり、そうかもしれないな。  裏があるとしか思えないけど、この世界での今の自分にあるコネは君しかないのも事実。  元の世界にいつ帰れるかも分からないし、もしかすれば君がそれを仮に知っている可能性もある。  いや、それは君から聞く限りの情報だと限りなく低いかもしれないけど。  まぁ色々とさて置いて、今の俺は君の持ちかけた条件を俺は飲むしか無いのが事実だ。  でも良いのか、女一人の仕事に俺を巻き込んで?」  「確かに、両親とかに見られたらちょっとまずいかもだけどさ、僕は君を信用するよ。  見知らぬ世界で出会ったばかりの僕の言葉を君が信じてくれたようにね?」  「そうか、分かった……。  これからよろしく、リューナさん」  「リューナで良いよ。  これから色々とよろしくね、ヒデユキ」  彼女の強引さに俺は押し負け、新たな働き口を得る事になった。  リューナの人を見る目がどれ程の物なのか分からないが、彼女の言葉を信じてみよう。  そうする事が、今の自分に出来る最善だと思ったから……。 ●    彼女の趣向によって選ばれた若干いわく付きの居酒屋を後にしこの世界での新たな新居の元に俺は案内される。  場所は既に教えられている為、俺一人でも問題ないとは思ったのだが、一応監視という名目もあるらしい。  彼女は俺を信用してくれているとは言っているが、仕事上は仕方のない事なのだと……。  「改めて、必要そうな基本的な家財道具は既にある程度用意されてるから、あとは君の好きにするといいよ。  他に何か不明なところがあれば、僕やこの街の聖教魔道士に聞くといい。  この街の聖教魔道士は君と同じ外の世界の人間の監視と保護、管理が主な仕事だからね。  僕みたいに、あちこち国を飛び回るのは極々少数の存在だからさ」  「了解。  まぁ、君の仕事を手伝う訳だからその時にまとめて色々と聞くよ。  あとは色々とこの世界になれていくしかないか……」  そんな会話も交えつつ、新たな新居へと俺達は向かう。  ここまではごく普通だったのだが、いざ新居となる集合住宅、向こうで住んでたところよりも若干ボロそうな新たな新居となる部屋のドアの前に二人の人間が何やら揉めていたのだ。  一人は泥酔し、もう一人はその介抱をしている  昔、会社の先輩や上司、更には後輩が飲み会とかで酔いすぎて、家まで何度送った事があるのを思い出し、色々と大変だった事を思い出す。  どんな世界でも酒に飲まれる奴が居るのか……。  思わず溜め息を吐き、新居の前でのやり取りがさっさと終わらないものかと思っていると、俺の隣に立っていたリューナが何故か頭を抱え顔を手で覆っていた。  まさか、目の前の二人の人物と知り合いなのか?  何処か怪しく思った俺は、二人組に改めて視線を向ける。  よく見ると、服装こそ違えリューナの着ている衣服と何処か似ていた。  つまり、彼女とは何処か違う管轄的なところの同じ聖教魔道士である可能性が高い。    そして声から察するに、二人は女性。  となると、同期なのか仕事とかで何度か関わった事がある人物なのだろうか?  色々と思考を巡らせていると、酔っ払いの声がいきなり響いた。  「聖教の堅物野郎共がぁぁぁ!!  私はお前等の日銭の為に働いてるんじゃないのよぉぉぉぉ!!  六つ星のワタシをもっと崇めないさいよぉぉぉぉ!!」   うわ、これは酷い。  余りの悪酔い故に、思わず引いてしまった  俺も酔っ払いの介抱はしたことあるが、ここまで酷いのは初めてみる。  最早ら介抱している側が可哀想だ。  コイツの関係者だとは思われたくない………。  この酔っ払いを見てられないので、アレを知っているであろう先程から黙っているリューナに俺は思い切って小声で聞いてみた。  「リューナ。  もしかして、あの人と知り合いなのか?」  「あー、はい……。  認めたくないんですけど、あの人が前に話した姉弟子です。  全智全能の魔女、ゼリクーシャス・ナヴァローラ。  聖教魔道士の頂点に立つ、この世界最強の魔道士です」  「もっと酒を飲ませなさいよぉぉぉ!!!  飲まないとやってられないのよぉぉぉ!!  うわぁぁぁぁぁん!!」  再び、酔っ払いの嘆きが辺りに響く。  嘘だろ……、コイツがこの世界最強の存在?  え……、本当に大丈夫なのこの世界?  「師匠、いい加減にして下さい!!  私まで泣きたくなりますからぁぁぁ……!」  酔っ払いの癇癪に、介抱しているもう一人の女性までもがとうとう泣きそうになっていた。  こうなると、もう地獄である……。  異世界で心機一転、新たな生活が始まるかと思いきや、初日してこの様である。  牢屋で目覚め、髪を抜かれ、リューナと出会い、ゲテモノを食べて、仕事を得た。  そして今の目の前の地獄絵図に至るのである。  「ヒデユキ、そのごめん。  ちょっとあの二人を中に入れても良いかな?  流石にこのままにすると、聖教魔道士全体の威厳にも関わるから……アハハハ……」  リューナの目が若干死にかけている。  一応自分の上司、いや自分の所属している組織の長の醜態に既に耐えられない様子の彼女。  今まで楽しそうにしていた彼女の表情が、ここまで冷めきってしまう程である。    流石に断るのもアレだし、助けて貰った恩もあるのでここは彼女の意思を尊重しよう……、うん……。  「その判断はリューナに任せるよ」    「ありがとう、感謝する。  この礼もまたいつか返さないとね……」  補足、この後あの酔っ払いを俺の新居に上げたのだが運び込むまでにかなりの時間を要した。  そこまでは良かったのだが挙げ句の果てに玄関先でとうとうあの世界最強の酔っ払いは胃の中の物を吐き出してしまったのである。  酔いが冷めたら、リューナの上司だろうが流石に一言言ってやりたいと思った。  だがそれは俺自身よりも、彼女の介抱をしていた弟子の女性とリューナ達の方であろうが……。 ●    あれから色々あって、酔っ払いの嘔吐物で汚れた衣類はこの世界の洗濯機みたいな物で現在洗浄中。  俺の部屋を借りて、玄関先の掃除を俺がしている間に彼女達はシャワーとか着替え「俺の部屋の衣類」を済ませ、酔っ払いが凄い寝相で寝ているのを余所に、改めて俺とリューナは酔っ払いの弟子であるという女性と落ち着いて会話を出来るようになった。  「本日は本当に申し訳ありません。  師匠の醜態、更には部屋を汚してしまい、果てには新しい着替えやシャワーまでお借りしてしまって……。  このお礼は必ずさせてもらいますので!  リューナ様もその連れの方も何卒、この件に関しては御内密にお願い申し上げます!!」  深々とお辞儀する酔っ払いのお弟子さん。  お弟子さんの様子から察するに、今までかなり苦労していたんだなと思わず察した。  「アヤ、落ち着いて。  ソレと御礼なら、隣の彼にしてあげて。  部屋も着替えも、彼の物だから」  「はい!  ええと、では、その、あなたのお名前をお伺いしても?」  「毛原秀行(けはらひでゆき)。  ヒデユキでいい、リューナもそう呼んでいるからな」  「はい、ではヒデユキ様。  改めて、本日は本当にありがとうございます!!」  「別にいいよ、もう。  とりあえず、リューナやあなた方の面子が潰れずに済んだ訳だからな」  思わず溜め息をつくが、俺はこの状況に困惑している。  色々と慌てふためいて、あまり意識しなかったが俺以外は全員女性の状況である。  めちゃくちゃ気まずい、着替えを貸したにしろ薄着なので独身生活35年「女性経験無し」の俺にはあまりに刺激が強い。    起きている二人はソレをあまり気にしていない様子。  俺が彼女達に警戒こそされてない訳であるが若干、男としてのプライド的な物が凹むが、話が進まないよりはこの状況において遥かにマシかもしれない。  外が暗くあまり気にしなかったが、目の前のお弟子さんといい酔っ払いに至っても容姿に関してはリューナに引けを取らない程整っているのが更に毒である。  むしろ酔っ払いが一番綺麗で整っているという事実に 、俺はなんとも言えない幻想が壊れるような感覚を覚えていた。  「それで、アヤはどうしてこんなところに?  あの人が大声で喚いた事から察するに上から何か色々と言われたの?」   「ええと、それがですね……」  「言う必要は無いわ、アヤ」  アヤと呼ばれたお弟子さんが理由を説明しようとすると、さっきまで凄い寝相で寝ていた酔っ払いが起き上がりこちらへと声を掛けていた。  「師匠、起きていたんですか?」  「今さっき起きたところよ。  二人には色々と迷惑かけたわ。  リューナも腕を上げたようで何より、五つ星に上がったって噂はどうやら本当らしいわね。  そこにいるハゲは、まさかリューナの彼氏?  まさか食い物だけじゃなく男の趣味まで悪いとは……」  「俺はまだハゲてねぇ!!」  思わず反射的にハゲの単語を聞いた瞬間、言葉を返してしまった。  「あはは、ヒデユキとはそういうんじゃないよ。  今日、外の世界からきたらしくて僕が保護したんだ。  で、色々と興味深い事があってね明日からは僕のパートナーとして仕事をこなしていく予定なんだよ」  「……、そう。  確かに、見たところ色々と面白いところがあるわ。  で、まだ続けているのリューナ?  父親探しの件、私は諦めなさいって言ったわよね?  数多の異世界の何処かに行ってしまったら、ほぼ確実に元の世界へは戻れなくなる。  以前あれだけ忠告したというのに、まだ聞き分けが出来ないの?  五つ星だからって少し腕を上げた程度で、本当に取り戻せると思っているの?」  「まだ不可能と決まった訳じゃない。  僕は、必ず見つけられると信じている。  例えあなたにどれだけ否定されても、僕は必ずやり遂げるよ」  「………なら、勝手にしなさい。  着替えは後でアヤに返させるけど……。  あなた、私達が着ていたからって変な事には使わないでしょうね?  いっそ新しい物でも代わりに買った方が良さそう」  「なら、その判断は二人に任せるよ。  でも、君を介抱してくれたリューナとアヤさんに対して、その扱いは流石に酷いんじゃないのか?」  俺は思わず、彼女に対してそんな言葉を返した。  すると勘に障ったのか、彼女は僅かに威圧的な口振りで言葉を返す。  「何が言いたいの、部外者の分際で?」    「二人は同じ聖教魔道士としての面子を守る為、そしてあなたを心配して介抱してくれだんだ。  もう少し、優しく扱ってあげるのが普通だろう?」  「礼なら先にしたわ。  何、部外者の分際で私に口出しする気?  命が惜しくないの?」  「命は惜しいさ、だが俺の命はリューナに一度救われた。  彼女の名誉を守る為に、少しくらいは預けても構わないさ」  「あなた、あんな女に惚れ込んでるの?  まぁそんな事はどうでもいいけど部屋と着替えを貸してくれた報酬として、1つだけ教えてあげる。  私はもう聖教魔道士じゃない、次あんな奴等と同じ扱いでもしたら今度は容赦しないわ。  アヤ、行くわよ」  「待ってよ、聖教魔道士を辞めたってどういう意味!!」  リューナが慌てて彼女に問い詰めるも、言葉は無視され何も言わず部屋を後にされた。  彼女のあまりの対応に、弟子であるアヤも慌てて彼女の後を追い、俺とリューナの二人だけが部屋に残された。    突如とした嵐が過ぎ去り、長い間が開くとしばらくしてリューナが口を開いた。  「ヒデユキ、よくあの人に口答え出来たね」  「したら不味かったのか?」  「そりゃあ、あの人なら本当に殺されてもおかしくないから……」  「……そうか」  彼女の口振りから察するに、さっきの言葉はどうやら本気のご様子。  自分の軽率な行動で本当に死んでいたかもしれないと思うと今更ながら冷や汗が止まらない。  「今日は色々とありがとう。  部屋と着替えも貸してくれて、この世界に来たばかりで色々大変なのにさ……」  「別に構わない。  明日から一緒に仕事をするんだからな。  お前と関わるんなら、これくらいどうって事はない」  「それは頼もしい限りだ」  「今日はもう遅いから、僕はもう帰るよ。  明日の昼前に部屋に迎えにくるから、寝坊とかには気を付けて。  それじゃあ、また……」  「ああ、また明日……」  口では元気そうに見えた。  しかし、表情や僅かな仕草からとても元気そうには思えない。  落ち込んだ彼女の華奢な後ろ姿に、何を言えば分からない。  姿が見えなくなり、再び深い溜め息をつく。    そういえば、あの三人の洗濯物が回収されていない。  扱いに困るが、そのままも大変だろうし……。    色々と悩みが増え続ける。  元の世界に戻れるかも分からないのに、何故か他人の心配ばかりしている自分。  この世界でも使える妙な力、カミノ契約。  元の世界で謎の子供から得た力……。  アレは夢ではない。  だが、あの日を境に目覚めるとこの世界に来ていた。     この世界が夢なのか?  思わず自分の頬をつねるが、普通に痛い。  うん、夢ではないな。  夢であったら良かった……。  再び溜め息をつくと、何か無性に小腹が空いた。  まぁあれだけ色々あったらそりゃあ腹くらい減る……。   あ、そうだ……。  何かに思い当たった俺は、コップ的な物を探す。    食器棚はすぐに見つかり、マグカップ的な物も見つかった。  「ええと、ステータスオープン」  カップをテーブルに起き、俺は掛け声をした。  目の前に現れたタブレット状の2つの画面。 ーーーーー  HP 100531/72072  MP  132/124 ーーーーー  片方には現在の残りの髪の毛とまつ毛の残数。  もう片方の画面には俺が扱えるという能力が示された樹形図みたいなアレがあった。  確か、右下がそうだったよな……  右下に存在している能力、司っているのはみそ汁である。  とりあえず適当に幾つか選択すると、「取得にはMPが20必要です」と表示され、下のはいかいいえのところではいを選択。    すると俺の目の上のところから毛が何本か抜け、思わず目元を手でこする。  さっきのでまつ毛が抜け、そしてこすったところから落ちた毛がカップの中にも数本入る。  仕方なく、カップを逆さにし中の毛を落とす。  改めて能力を確認。 ーーーーー  HP 100531/72080  MP  132/104  みそ汁の具材を選択  白味噌  わかめ あさり 木綿豆腐 ほうれん草  ネギ  大根 ーーーーー    MP「まつ毛ポイント」が減った事を確認すると同時に、その下に新たにみそ汁の具材の選択画面が表示されていた。  正直、これ専用なのかと思うところではあるが…。  とりあえず、白味噌とわかめと大根と木綿豆腐を選択すると、「みそ汁を作成しますか?」と再びスキルの取得をするように同じメッセージが出現。  これには特に髪の毛を消費しないらしい。  どれくらい作れるのかは分からないが、食べ物には困らなそうではある。  はいといいえが同じく下に表示され、俺ははいを選択。  持っていたカップにみそ汁がいい感じの温度で淹れられ、俺はそれに一口含む。  食べ慣れた家庭の味が身に染みる。  異世界でまさかみそ汁が飲めるとはある意味俺は救われたかもしれない。  ふと、何故か目頭が熱くなった。  そういえば、なんでたかがみそ汁一杯がこんなに身に染みるんだろう?  元の世界に帰れるか分からない。  この現実を、この時ようやく自覚してしまった。  頬を熱い何かが伝い、溜め込んだ何かがこの時ようやく溢れ出していた。
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