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まるで欲しい物が手に入らなかったときのように心がむしゃくしゃした。
一直線に進んでいった紙飛行機ですら、いつか落ちることを知ってしまったからか。
航路が短くても長くても紙飛行機は必ずおちる。
泣きじゃくる、だなんてそんな表現は使いたくなかった。
もういい年なんだからもう少しきれいに泣きたいものだ。
だがこらえても息を止めても泣き声は響いた。
「あの……よかったらどうぞ…?」
隣の人からハンカチを渡され、断る余裕もなく受け取る。
お坊さんが木魚を叩いた。
あぁ…馬鹿だな。
僕はハンカチで目元を拭きながらそう思った。
こんなに後悔をしてしまう、と知っていたら僕は迷わず紙飛行機の形を変えていたのに。
と今更言っても何も変わらないのだけど。
りりりり、と鈴虫の声がお経とマッチして僕に眠気を誘った。
止まらないしゃっくりは唯一眠気と戦っている。
お香の独特な香りがツン、と漂う。
僕は一摘みおでこの前まで持っていくとゆっくり目を閉じた。
戻れるのであれば、戻りたい。
ただ何も考えずに君と笑って過ごせた日々に。
僕の命に変えても良かった。
ただその考えはこの場においてとても不謹慎であった。
止まりつつあるしゃっくりは代わりにお腹に振動を及ぼし始める。
僕は目を開けてお香をそっと器に戻した。
その瞬間君の遺影と目が合う。
カメラを感じさせないような自然な笑顔。
アイスを片手に持ち、こちらに気づいて笑っている。
僕がシャッターを切った。
この最高の笑顔を取ったのは僕なのだ。
目が潤み写真がぼやけた。
先程貸してもらったハンカチで拭う。
目をつぶってもう涙が溢れてこないことを確認した。
りりりりり、鈴虫の声が大きくなっていく。
僕は大馬鹿者である。
どうして君にたったの二文字、それを言えなかったのだろう。
「好き」
こうなるとわかっていたなら…伝えていた。
というのも自分勝手だが。
人が棺の前に並び始めた。
僕も急いで並ぶ。絶対に入れたいものがあるのだ。
眠っているかのような美しい顔だった。
今すぐキスをしたら目覚めてくれるような。
あわよくばその王子様が僕であったら良かっただなんて思う。
僕は君の耳のあたりにそっと白い紙飛行機をおく。
少しためらって赤いバラも添えた。
置く際触れた君の皮膚は、やはり冷たかった。
今から焼かれてしまうだなんてなんだか嫌だ…そう訳のわからないことを頭で転がす。
最期に君の顔をじっくりと目に焼き付けた。
そして顔をそらす。もう見ない…これ以上見てしまうとこのきれいな顔が焼かれてしまうことが正しくないことのように思ってしまうから。
少し下を向きながら歩いた。席に戻らなければ。
鈴虫の声が完全に鳴り止んだ。
「痛ッ…?」
頭に何かが当たりついつい呟いてしまう。
ゆっくり足元を見ると、そこにはシワ一つ無いきれいな紙飛行機が落ちていた。
僕はそれを飛ばしたのが誰かだなんて捜索しようとは思わなかった。
腰を曲げてそれを拾う。
ただの真っ白な紙飛行機ではなかった。
なにか文字が書かれている。
そう難しい紙飛行機ではないので簡単に中を読むことができた。
「今更カッコつけてんじゃないわよ、ばーか。同じ気持ちだから。もっと早く言っとけ、な?」
君の筆跡。反射で遺影を見つめた。
最高の笑顔の君を見つめながら僕はこの場所で一人だけ笑った。
「ちゃんと約束守ってくれるのかよ…不意打ちは無しだよばーか」
私が死んだら…棺に紙飛行機入れといてくれ。お前に伝えたいことがあっからさ。
おいた瞬間伝えてやるよww
ん?どうするかって??まーそーだな…あの世の不思議な力を信じるわ
だいじょーぶだいじょーぶ、私頑丈だから死んでも文字くらいは書けるっしょw
「ありがとな……」
そう呟いた笑顔の僕を周りの人たちは不審そうに見ていた。
完
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