ここはどこ!?

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「……何、これ」  呆然と、遙は靴箱を前に立ち尽くした。目の前には木で作られている棚。そこにローファーなどが入れられている。 「今時木とかありえなくない? いやその前にロッカータイプだったはず……」  うろうろと靴箱の間を歩くが、どれも使い込まれて黒くなった木製の靴箱ばかり。 「え? 学校間違えた?」  まさかそんなはずはない。ただ窓から落ちただけなのだから。  う~んと遙が唸っていると、野太い声が掛けられた。 「おい、お前。そこで何してる?」  振り返ると、上下赤いジャージ姿、手には竹刀、そして角刈りという、いかにも体育教師ですという風体の男が立っていた。 「あの、お聞きしますが、ここって白麗高校ですよね……?」 「ああ? 何言ってるんだお前。白麗に決まってるだろうが……ん?」  体育教師が眉を寄せ、不審な表情で遙を眺めた。 「どこの制服だ、それは。不法侵入だぞ」  竹刀で肩を叩きながら近づいてくる。 「だから白麗だって……あ! これ、この校章見て下さい。ほら、白麗でしょ?」  遙は胸に刺繍されている校章を差す。 「確かに白麗の校章だが……さては新し改造制服だな!」 「はあっ!?」  ガシッと腕を掴まれ、そのままずるずると遙は引っ張られていく。 「生徒指導室でみっちりしごいてやるからな」 「ちょっ……ちょっと待って下さい」 「何だ? 言い訳か? 後でじっくり聞いてやる」 「いや、今聞いて……」  遙が抵抗しようと足を踏ん張った時である。 「品川(しながわ)先生、どうしました?」  眼鏡を掛け、両手にプリントを持った男性教師が声を掛けてきた。 「徳井(とくい)先生。いや、改造制服を着た生徒がですね……」  品川と呼ばれた体育教師がギロリと遙を睨む。徳井という教師の視線がそれを追い、遙を見詰めた。 「お前、名前は?」 「錦織遙です」  名乗り、遙は徳井を見た。誰でもいいから、この状況を説明して欲しい。  すると徳井は、「お前かぁ」と溜息をついた。 「お前、転校初日ぐらい遅刻するなよ……品川先生、こいつは今日、私のクラスに転校してきたやつですわ」 「そうですか。何だ、それならそうと早く言うもんだぞ」  ぽんと遙の肩を叩くと、品川は「頑張れよ」と言い残し去って行った。 「じゃ、教室行くか」 「転校……? 私が?」 「何寝ぼけた事言っとるんだ。さ、行くぞ」  頭の中に疑問符が乱舞したまま、遙は徳井の後をついていく。  階段を上り四階へ。徳井が足を止めたのは二年C組。遙のクラスである。 「ちょっとそこで待っとけ」  遙を廊下に残し、徳井は中へ入って行った。教室内がざわめく。 「入って来い」  しばらくして、ひょこっと徳井が顔を出した。  私の担任、こんなやつじゃないし。というか、品川とかいう先生も見た事が無い。一体どういう事なんだろう。  遙は首を捻りながら、教室へと足を踏み入れた。 「じゃあ時間も無いので、簡単に自己紹介してくれ」  徳井に促され、遙は室内に顔を向け名乗ろうと口を開いた。 「はあっ!?」  しかし出てきたのは驚きの声だった。  目に飛び込んできたのは、遙が知らない教室。女子は紺のセーラー服に赤いスカーフ。男子は学ラン。後ろにはロッカーではなく木製の棚。そして教室の中央やや後方…… 「あんたたち……!」 「よう、転校生」 「何だよ、それならそうとさっき言えよな」  光がひらひらと手を振る横で、真は不機嫌そうな表情。  リーゼントの二人は、どう見てもクラスで浮いている。 「お前たち、知り合いか?」  徳井が眉間に皺を寄せ、遙を見る。 「いえ、まったくもって知りません」  明かに、関わらない方が徳井の心証が良いだろう。二人から視線を外すと、遙はコホンと咳払いし名乗る。 「錦織遙です。よろしくお願いします」  黒板に名前を書き、頭を下げる。さて、もうそろそろこの茶番が終わってもいい頃だろう。顔を上げれば「ドッキリ大成功」だかのプラカードが…… 「じゃあ席は吉村(よしむら)の前で」  徳井の声に、遙は小さく溜息をつきつつ顔を上げた。どうやらまだ茶番は続くらしい。仕方ない、最後まで付き合うかと、徳井が指差す先を目で追った。 「……マジで?」  口元が歪む。一つだけ空いている机。さっきは気付かなかったが、それは光の前の席であった。 「何してる。早く席につけ」 「は、はい」  二人と目が合わない様に、床に目を落として歩く。通路は狭く、好奇の視線が遙に刺さる。それとともに、「どこの制服?」「スカート短いな~」という囁きが耳に届く。 「あ、そうだ。錦織、明日からはちゃんとした制服着て来いよ」  ちゃんとした制服だっつーのという言葉を飲み込んだところで、ふとある事に思い至った。遙は振り返って徳井を見る。 「あの、制服ってどこで買えば……?」 「家に届いているだろう。ほら、早く座れ」  チョークを走らせていた徳井は、苛々した様子で答えた。これ以上何か言えば、怒り出しそうである。 「はぁ……分かりました」  家に帰るまで続くの? だるいなぁ……と席につく。が、またしても問題に突き当たった。  机の中が空なのだ。当然遙は教科書はおろか、筆記用具も鞄も今は持っていない。  どうしよう? 寝るか? いや、一応転校初日という事になっている。制服も違う今、これ以上目立ちたくない。 「おい」  こつんと椅子に何かが当たる。  振り返っちゃダメだ。それよりも、この時間をどう過ごすかを考えないと。 「おーい」  コンコンコンと連続で椅子を叩かれ、遙はキッと振り返った。 「何よ」 「ほれ」と光が差し出したのは、鉛筆とノート、数学の教科書。 「徳ちゃん、怒るとめんどいからさ」 「あ、ありがとう」  受け取り、前を向く。 「って、あんたはどうする……」  振り返ると、すでに光は机に突っ伏し、寝息を立てていた。 「んもう……」  溜息をつくが、無いよりはましである。遙は教科書を捲った。 「うわ……」  捲るたびに目に入る落書き。もしかしてと、ノートも捲る。一応書いてはいるが、読みにくい事この上ない。 「きったない字」 「ぷっ」  遙の呟きが聞こえたのか、真が吹き出す。 「ちょっと真君」  真の右斜め前の席に座る女子が振り返って注意する。名前で呼んでいる事から、それなりに仲が良いのだろう。  それにしても髪。懐かしの昭和○○年代とかでやってた髪型に似てる。確か……アイドルの名前が付いた髪型だったっけ。眉毛も太いし。というか、このクラスの人たち皆、野暮ったい感じ…… 「錦織。遅刻の上によそ見か?」  ジロリと徳井に睨まれ、遙は慌てて机の上に視線を落とした。
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