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ここはどこ!?
毎日は、退屈な一日の繰り返し。
白麗高校二年C組の教室。錦織遙は、気付かれないように小さく溜息をついた。
ドラマの話、読モがどうした、隣のクラスのあいつがヤバイ……平凡な高校の、平凡な女子が話す風景。新鮮な話題ならば心もときめくが、それ何回目だよとツッコミたくなる事の方が多い。
「で、遙はどう思う?」
「は?」
いきなり話を振られ、遙は髪をいじりながら顔を向けた。
「だぁかぁらぁ~、D組のケンジ君のことだよ~」
「ああ、カオルが気になってるっていうね。遊びにでも誘ってみたら?」
「え~? 断られたらカオル、ショックで休んじゃうかも」
断られたら、掌を返したように悪口言うくせに。
「その時はスタバで女子会って事で」
内心とは裏腹に、笑顔でカオルの肩に手を置く。その時、遙のブレザーの胸ポケットに入れてあるスマホが震えた。
「あ、ごめん。タイチからだ」
もしもしと答えると、チャラい声が返ってきた。
「もっし~遙。今日、遊びに行こーぜ」
「あ~……今日はパス」
遙はそう答えると、タイチからの言葉を待たず通話を切った。
「タイチ君から? 遙、今回はどうなの?」
「うーん……もう終わりかなぁ」
「何かいちいちめんどくさいし」と言いながら、遙は寄りかかっていた窓から外を見た。
土日以外は毎日学校に来て、ガリ勉って言われない程度に勉強して、友達の機嫌損ねない様に、作り笑いと適当な相槌。彼氏はそこそこカッコ良くて、軽く遊べる男子を選んで。つまりは学校生活、マジにならない事が大事。適当にこなして流されるまま。マジや本気はダサい。
「新しいピアス買いに行かない? うちらのグループでおそろ~みたいな」
友達の一人が、スマホに目を落とし、片方の手で耳たぶを触りながら口を開く。
特定の誰かに向けられたわけじゃない、独り言の様な提案。
遙も、自分の耳に付けているピアスを触った。
別にお揃いにしなくても、これ、気に入ってるんだけどなぁ……
溜息が出そうになるがぐっとこらえる。
仲良しグループの、誰か一人の機嫌を損ねようものなら、あっという間にハブられてしまう。
面倒臭いと思いつつも、グループには所属しとかないとやっていけない。
遙は少しでも気分を変えようと、寄りかかっていた窓を開けた。
さあっと新鮮な空気がカーテンを揺らす。
それと同時に、授業開始を告げるチャイムが鳴った。
「ヤバ。次、英語じゃん」
一人がそう言って動いたのを機に、グループは解散し始めた。遙も、怒られてはかなわないと窓に背を向けた。
「えっ?」
ぐいっと強い力で背中が引っ張られた。
不意打ちの事にどうすることもできず、遙の体は窓の外に放り出される。必死に手を伸ばすが、窓枠に届かない。そして、ジェットコースターが急降下する時の様な衝撃が遙を襲った。
「きゃああああっ!」
ぎゅっと目を閉じ、激突の恐怖に悲鳴を上げる。
「おいおい、何だよ!?」
遙の悲鳴に、男の声が重なった。
そして遙の体は地面に……ではなく、何かに受け止められた。が、衝撃を吸収しきれなかったのか、遙を受け止めたまま地面に転がる。
「いったぁ~……」
土埃が舞う中、遙は痛みにしかめていた目を開けた。
「何なのよ、もう……」
「こっちが何なんだよ」
声の方に顔を向ける。すぐ近くに男の顔があった。遙と同じように、痛みに顔をしかめている。
しかし遙の視線は、ある一点に集中していた。
「リーゼント……? え? 何? 本物?」
今ではドラマの中か、ロックバンドでしか見た事が無い髪形。遙は痛みも忘れ、しげしげと眺める。
「……どけよ」
「演劇部? ってか違反じゃないの? それとも、あのバンドのファンとか?」
好奇心に負け、遙は手を伸ばす。しかし触れる直前に払われた。
「どけって言ってんだろ! 重いんだよ!」
そこで初めて、遙は自分が男の上にいる事に気付いた。
「ごめん。ありがと。助けてくれて……」
慌てて立ち上がり、ブレザーやスカートに付いた土を払う。と、その手が止まる。
男も立ち上がり、制服を払っていた。しかしその制服はブレザーではなく、学ランだった。しかも、学ランの長さがおかしい。四つしかボタンが無く、長さも、腰より少し上という短さ。
「他の学校の生徒? 何で勝手に入ってきてんの?」
「ああ?」
低い声で上目遣いに睨まれ、遙は一歩後ずさる。男子生徒はそのまま遙を頭から足まで眺めた。
「お前こそ何だよその恰好は。スカート短すぎだろ」
「はぁ? スカートが短すぎる?」
頭、おかしいんじゃないのコイツ。
遙は腕を組み、眉間に皺を寄せた。大抵の男子はこうするとバツが悪そうな顔をして去っていくものだ。しかし、この男子生徒は違った。両手をズボンのポケットに入れ、負けじと睨んできたのである。
「大根みたいな足、見せてんじゃねーよ」
カッと頭に血が上った。しかし遙はぐっと我慢する。
こんな事でキレてどうすんの。キレるだけ体力の無駄。
一つ息を吸う。
「はいはい。私はあんたの制服の方がどうかと思うわよ。どこの高校なの?」
「白麗だよ」
「白麗ぃ~!? 嘘つかないでよ。白麗は学ランじゃないし……」
「第一、あんたみたいなのがいたら忘れないわ!」と突っ込もうとした時だった。
「おい、光。何してんだよ」
遙は声の方を振り返った。
「何なのよ……」
組んでいた腕が、ダラリと垂れる。
そこには、目の前に立つ、光と呼ばれた男子生徒と同じ学ラン姿の男子生徒。しかしこちらの学ランは長かった。五つボタンで、裾が太もものあたりまである。髪型は光の様なふわふわなリーゼントではなく、直毛を固めているようだ。前髪を数本垂らしている。
「おお、真。変な女が因縁つけてきてさ」
いやいやいや! 因縁とかじゃないし! てか仲間なの?
内心焦るが、それを表情には出さず遙は平静を装い、真という男子生徒に話しかける。
「ねえ、どういう事か話してくれる? あんたたち、本当に白麗高校の生徒なの?」
真の視線が光に向けられた。その視線を受けた光は、おどけた様子で肩を竦める。真は溜息をつくと、学ランの襟元を遙に突き付けた。
「ほら、白麗の校章。これで文句ねーだろ」
そこには、くすんだ銀色をした襟章があった。確かに白麗の校章である。遙のブレザーの胸元にも刺繍されている。
「た、確かに……」
襟元と胸元、交互に見比べていると、ずいっと胸元に真が顔を寄せてきた。あまりにも遠慮の無い行動に、遙は胸元を押さえ後ずさる。
「何すんのよ!」
「はぁ!? 何勘違い知んねーけど、俺が見てんのは貧相な胸じゃなくて服だよ、服」
「それにしても距離ってものが……って、貧相って何よ!」
ついに遙が怒鳴った時だった。
キーンコーンカーンコーン
聴き慣れた、しかしどこか古臭く感じるチャイムが鳴った。
「あ、ヤベ」
「次、徳ちゃんの数学だぜ。どうする?」
「出ないとうるさいだろ。行こうぜ」
二人は怠そうに遙を残して歩き出す。
「ちょ、ちょっと……」
「お前も早く戻れよ」
背を向けたまま、光がひらひらと手を振る。
「言われなくても戻るわよ!」
二人の背中が校舎内に消えるのを見届けると、遙は大きな溜息と共に肩を落とした。
「はぁ……何なのよあいつら」
一体どこのクラスなんだろう。いつから学ランもOKになったのか。
「……クラスに戻ろ」
ここで考えていても仕方がない。むしろ、早く忘れた方が良さそうだ。遙はもう一度溜息をつくと、昇降口へと歩き出した。
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