伝説の系譜

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伝説の系譜

「よし、そこまでぞ!」 「お疲れ様でした」「お疲れ様でした」 トレーニングを終えて、俺は大きく1つため息をついた後、その場にへたり込んだ。今日はとにかくキツかった。ライアンの攻撃は全部防いだけど、魔法は全てくらう。師匠に回復してもらった筈なのに、今でも、後遺症があるように感じる。炎、氷、風と魔法のフルコース。ミルコさんは強い、魔王を倒せる可能性が高まった。とは言うものの、初日なんだから多少手加減してくれても良いじゃないかと、途中、少し腹立たしく感じていた。 「クリストフお疲れ」 顔を上げるとミルコさんが笑顔で声を掛けてきた。 「あ、ミルコさん、お疲れっす」 「想像以上だったよ。昨日覚醒したばっかりだって聞いていたから遠慮してたんだけど、頼りになる奴と分かって嬉しいよ」 いや、本気じゃなかったのかよ!という突っ込みを飲み込んでから言う。 「ありがとうございます。ミルコさんも噂通り凄いです」 稽古終わりだと言うのに、真剣で素振りをするライアンを見ながら、ミルコさんは言う。 「あと、勇者の彼も凄いな。まだ9歳なんだろ?」 「勇者って?ライアン?」 「あ、内緒だったのかな?彼、伝説の勇者の血を引くって噂だよ」  伝説の勇者の血……。勇者の血統は聞いた事があるけど、遺伝の確率がかなり低く、1パーセントって噂だ。ライアンが勇者?そうか!だから、先生達はライアンを守ろうとしたのか!  そこに師匠が近付いてきて話す。 「クリストフ、いきなり魔法攻撃のオンパレードで疲れたじゃろう」 「はい。体力は回復している筈なのに、なんとなく 後遺症があります……」 「そうかそうか。じゃが、お前はパトリスの子なんじゃから、痛みには強い筈ぞ」 「えっ?父さん?あっ!」 俺は父さんの左腕の傷痕を思い出した。 「師匠、父さんの左腕に無数の傷痕があったんですけど、今日何かあったんですか?」 「ああ、あれは今日の傷じゃなく、5年前の傷ぞ」 「5年前?」 「そう。お前のじいさんも高齢じゃったからの、パトリスは何とか代わりに魔王討伐へ行こうとしとったんじゃ。じゃが、パトリスにタンクの素質は遺伝しとらんかった。タンクの遺伝は25パーセントと言われとるからの。そもそも覚醒は15歳、30過ぎのパトリスはどう足掻いても覚醒する訳無いんじゃがの」 俺は師匠から父さんの傷痕の事を聞いた。もしかしたら、今回、魔王と何かあったのかと思ったりもしたけど違った。あの傷痕は前回の魔王討伐に参加する為、自ら傷付けたものだという。伝説のタンクの息子でありながら、その素質を遺伝できなかった事は、男性であれば誰もがショックを受けるだろう。だけど、普段の生活をするには特に問題が無い。ところが、その時は来た。魔王ジュニアの討伐だ。父さんは何かのキッカケで覚醒する可能性に賭けたんだろう。タンクと言えばダメージを受けるのが必須。ダメージを受け続ければ、覚醒するかも知れないと思ったそうだ。師匠は回復をする為、父さんが自分の腕を斬るのを何度も見なければならなかった。それは、見る方にとっても地獄だったと言う。  俺はタンクの素質を遺伝しておきながら、斬られるのが怖いとか言って逃げ回っていたのに……。父さんに謝らないと……。  俺は皆に「お疲れ様でした」と挨拶をして道場を後にした。そして、いつものように公園へ向かう。今日は少し話をして遅くなったので、ミカエルはもう帰ってしまったかなと思っていたけど、ベンチで待ってくれているようだ。 「ミカエルお疲れ」 俺は座っているミカエルの後ろから声を掛けた。彼女は振り向いて笑顔で言う。 「クリストフお疲れ。今日はヒーローだったね」 「いやいや、アッサリ殺されただけだったから……」 「本番も私の事護ってね」 「……」 本番……。ミカエルは魔王討伐に行きたいのだろうか? 俺は来て欲しくないけど、彼女の躍りが必要なのは間違い無い。 「ええっ?!嫌なの?!」 「いや、そういう意味じゃ……」 「ふふ、ウソウソ。クリストフは私が行くの反対なんだね」 「……」 「私……皆の役に立ちたい。その為に毎日練習してるんだもん。足手まといになっちゃう時があるかも知れないけど、力になれるよう頑張るから」 「ミカエル……」 ミカエルは悲しそうに言った、俺は自分のエゴだったという事を、今ハッキリと思い知った。 「参加するからには死ぬ事も覚悟してる。オリビエさんが蘇生出来るって確信できたし、クリストフの事も信用してるから」 「……分かった。一緒に行くからには特別扱いはしない。絶対に勝とう!」 「うん!」  その後、ミルコさんの話をミカエルにした後、俺達は家路についた。  玄関のドアを開けて「ただいま」と言う。普段であれば、玄関近くに両親は居ないので、リビングのドアを開けた後、もう一度「ただいま」と言うのだけど、今日は風呂を上がりの父さんが居た。 「お帰り、今日はちょっと遅かったな」 「ちょっと話し込んじゃって」 「そうか」 父さんはリビングへ行く為、ドアノブに手を掛けた。 「父さん」 「ん?」 俺は父さんを呼び止めた。今までの事を謝らないといけないと思ったから。 「俺……俺……」 「うん?」 俺は言葉に詰まった。いざとなると恥ずかしさからか、緊張からか言葉が出てこない。 「……絶対魔王を倒すから」 「ああ、クリストフなら絶対倒せるよ。なんせ俺の子供だからな」 父さんは笑顔でそう言うと、右手拳を突き出して来た。 「うん」 俺は自分の右手拳を合わせた後、リビングには向かわず、いつもの父さんへの対応と同じように無愛想に2階へ上がった。だけど、気持ちはいつもとは違う。今日は流れそうになった涙を見せない為に無愛想になってしまっただけだ。ちゃんと謝る事は出来なかったけど、父さんに俺の気持ちが通じたというのが分かった。俺が覚醒して人の心が何となく分かるようになったって訳じゃなく、親子だから分かるんだと信じたい。謝っても無いのに全て理解してくれたんだ。  俺は感情が収まるのを待ってリビングへ向かった。そして、5年振りに3人で食事をし、家族団欒(かぞくだんらん)を楽しんだ。 翌日 「行ってきます」 俺は元気良く家を飛び出した。快晴!5月の晴れだから五月晴(さつきば)れだと思っていたけど、実は違うらしい。皐月(さつき)は太陽暦では6月の事だから、五月晴れってのは梅雨の晴れ間の事なんだってさ。まあ、そんな事はどうでも良い。とにかく気持ちが良い。俺の心の中も快晴だ。師匠の事、ライアンの事、ミカエルの事、父さんの事、全てがスッキリ解決した。いつもと同じ学校までの風景さえも煌めいて、何か違う道のように思える。小鳥のさえずりが聞こえ、澄んだ空気が頬に当たるのを感じる。 タッタッタッタッ  その時、後ろから足音が聞こえた。この気配は……ミカエルだ! バシッ! 俺が振り向く前に左肩を叩かれた。 「おはよ〜、クリストフ」 俺は振り向いて言う。 「おはよ〜、ミカエル」 「どうしたの?何か良いことあった?」 「ハハハ、ちょっとね」 「何々?良かったね」 ミカエルはニッコリ微笑んで言った。 今日も良い一日になりそうだ。 了
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