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そして優秀で素敵な、そんな彼の死因は——誰が予想したでしょうか——飛び降りによる自殺なのでした。
私には二つ分からないことがありました。
一つは、何故、それほどまでに恵まれた境遇に在りながら、自殺に至ったのか。
二つには、私は、彼の死に何を思えばいいのか。まともに話したこともなく、ただ個人的な恨みだけで避けるようにしていた、その彼の死に。何を?
そんなことも分からないまま、しかし確かなのは、私は特に恨みもないはずの彼が空を飛んで天使になったことを、ああ……こんなにも嬉しく思ってしまったということなのです……。
そして、黒い喜びに呑まれた私は、ただそれの指示するままに、彼の身体の眠る場所へ歩きました。
——もしかしたら、彼女に会えるかもしれない、だなんて考えている自分にも気づかずに。
そして案の定、終わりの匂いのする花畑で、彼女は私を待っていました。
……そう、待っていたのです。
ああ……何て嫌な人なんでしょう。彼という人が一人消えたというのに、親族の前で嘘泣きなんかして。私を見つけた途端、はばかりながらも、ふっと無邪気に微笑みかけてくるのです。
私はその、醜い美しさにずっと……惹かれてやまないのでした。
彼女は微笑んだまま私の方へ近寄ると、ポケットから何やら紙を取り出し、二つに折り畳まれたそれを広げて私に手渡しました。見ればそれは、男性らしいやや不揃いな文字の並んだ、彼女宛の手紙のようでした。
何でもないことのようにこれは遺書だと付け加える彼女に、どうしてか心臓が疼き出すのを感じながら、私は好青年だった彼の遺書を読み始めるのでした。
世界で一番素敵な君へ
これを読んでいるということは、僕は無事にこの世を去ったんだね。
ああ、素敵なことだ。
それはもう。
だって僕は君を愛したまま死ねるのだから。
そう。
僕はね、君への愛の為だけにこの一生を捧げると誓ったんだよ。
だからそう。
君が僕の愛を拒むなら、命を投げ打つのだってごく自然なことだ。
まあ、そんなこと、言わなくたって君には分かっているかもしれないけど。
ああそうだ。
愛らしくて、美しくて、どうしようもないくらい最低な君にならね。
そうだ君は最低だ。
君が僕を愛してないことくらい最初から分かってた。
分かっていたとも。
僕は、君が本当に愛する人を諦める為の道具だったんだろう。
ばればれだったよ。
それでも本当に、僕は君を愛してる。
ずっと。
そして僕は、愛しい君の為に死んであげるんだ。
ああ本当に素敵なことだね。
さようなら。
世界で一番憎い君よ
読み終わって少し目線を上げた私に彼女は、どうだった、とさも面白い小説の感想を共有するような調子で聞き、私の目を覗き込みました。
そして私は、彼女のその目が瞬くのを見てそっと、薄暗く美しい夢から覚めるのでした。
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