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その部屋は地下階にあった。
ここにやってくるのは、特別に用事のある者だけ。それなりに厳重なセキュリティの基準もある。普段は見向きもされず、同じ会社で働く社員でも、もしかしたら存在すら知らない者もいるかもしれない。
それでもこの部屋の住人たちは、今日も静かに黙々と自らの業務をこなしていた。
「うわ~! やってもやっても終わらない~」
……たまにはストレスが爆発してしまうこともある。
何せ彼女たちは未だ年端もいかぬ、十代の少女たちなのだ。
「とりあえず重要なデータのリスト化が必要ですし……。電子化も急がなければいけませんから」
ご迷惑をおかけします、と一人離れた位置のデスクからおとなしそうな少女が申し訳なさそうに声をかけた。六ツ院雪枝という名で、ここのリーダーのようなことをしている少女である。
「私たちの作成したファイルは電子化しませんが、とりあえず雑誌、自社・他社の社内報・社外向け広報頒布書類等は電子化しないと置き場所が……」
わずかにショートカットを揺らしながら雪枝が面を上げた。派手さは無く慎ましやかだが、よくよく見ると端正な顔立ちである。
「膨大な量だもんねえ」
「う~~ん」
さきほど声を上げた少女が唸りながら卵型……というには、気持ちぽっちゃりしている頭を動かし部屋を見渡す。この娘は佐神沙希。この集団のサブリーダーだ。少なくとも本人はそう自認している(ついでにいえば〝愛嬌のある癒し系〟だそうである)。
彼女たちが作業しているスペースは扉のある側の方に集中しており、部屋全体の中で見れば割合としては狭い。
では部屋の面積の大分はというと、スチール製の大きな棚が整然と並べられていて段ごとにファイルや雑誌などがぎっしりと詰まっているのである。
「それはわかるんだけど~……だって私たち、これやりながら普通にアイドルとしてのレッスンや活動もしながら学校も通ってるじゃん……無理があるんじゃない?」
「あんたまだ通信制に移ってないの?」
手に持ったファイルをラックに戻しながら、うしろ髪を低い位置で括った少女が問いかけてきた。声は聞こえるが姿は棚に阻まれ、こちら側からは見ることが出来ない。
「いや、それはもう移ってるよ! ていうか普通のガッコ通いながらこんな生活無理に決まってるじゃん!」
彼女らはここで一見この雑用のような仕事をしながら、同ビル内の事務所でアイドル活動もしておりグループ名は一応〝SNOW〟と言う。メンバーは
リーダー・六ツ院雪枝 以下
佐神沙希
海原伊予
岡真銀
尾鷹葉子
マネージャー兼連絡係として、
大江なり
という構成である。
普段は他所にいることも多いが、今日はなりもここにいた。スチールラックのエリアにいる少女である。角度のついたシャープな眉の下に、意志の強そうな瞳が瞬いている。
「まあねぇ……沙希の言ってることもわかるんだけどねぇ……」
業務用のスキャナを動かしながら、切れ長の目の娘が呟いた。前髪にポイントカラーで一束、緑のメッシュが人目を引く少女である。海原伊代だ。
「でも私はこれやってるのも結構イイと思うんだよ……その、先のこと考えたらさ」
「先?」
怪訝な顔で沙希が聞き返した。
「なんつーかさ。アイドル稼業ってそんな長く続けられるもんじゃないじゃん? こっちも並行してやってればツブシが効くっていうかさ……」
「でも今私たちがやってるような仕事って、他の業務で生かせるんでしょうか?」
かすかに不安の色を滲ませて、岡真銀が口を出した。
「ん~、なんだろ? 広報? とかになんのかな、やっぱ」
「広報は微妙に違くない? もうヨネプロに広報部あんじゃん」
一人PCを操作している尾鷹葉子が、誰ともなく呼びかけるように言った。ヨネプロとは彼女らの所属している事務所の名である。業界では一応大手に属している。
「ああ、一人広報の……」
「ナリナリも手伝ってるんでしょ?」
佐神沙希が水を向けた。
「たまにね。他部署との連絡係やってる。秋さん一人じゃ忙しそうだから」
「ナリナリ定着してんじゃん」
尾鷹が〝ヒヒッ〟と、掛かっている銀縁の丸メガネを片手で弄りながら声を上げて笑う。スチール棚の向こうから、大江なりの遠慮のない大きな舌打ちが聞こえてきた。
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