1. 地下のまどろみ

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「や、その、ナリナリはいいんだけどさ、そういう……色々やってるし」  伊代は先のやりとりを全く意に介さず自分の話を続ける。 「表向きもマネージャー、みたいなことになってるしさ。いきなり放り出される、って多分ないでしょ? でも私たちは違うと思うんだ」  意外と真面目な話のようだ。 「正直私たちってアイドルとして、そんなに売れてないじゃん? 少なくとも今やってるこれが」  と、言いつつ伊代は目の前にあるファイルの束を叩く。 「社内で需要のある限りはクビにはなんないでしょ?」 「しかし……私たち、わりとすぐリストラの対象になりそうな気もしますよ。地味だし」  岡真銀が形の良い眉を顰めながら言った。小柄だが、ちょっと街中で振り返って二度見されるくらいに整った顔立ちの娘である。透き通る真っ白な美肌も合わせ、さすがアイドルといったところか。  わりと最近にもスカウトマンに声をかけられた、とSNOWのメンバーは聞いている。  当然、 『もうアイドルやってるので……』  と、断ったそうだが、それを告げる時の彼女の表情は複雑だった。 「情報部の需要はありますよ。それが私たちとは限りませんが」  室長・雪枝が会話に参加すると、部屋の中は急に水を打ったように静かになった。雪枝としては単に事実を述べただけ、というつもりなのだろうが正直みんな反応に困っている。  ただ、現在大手の部類に入る芸能事務所・ヨネプロで彼女たちが情報部門の大部分を受け持っており、ここぞというところで成果を上げているのは本当のことである。  での名前は通称〝スノウセクション〟だが、そう呼ばれることは少ない。  そしてそれが特に何かに保証された立場ではない、ということも。 「はーい! 夢の無い話はやめよー!」 沙希がやけくそのように言った。 「そもそも私らがアイドルとしてもっと売れれば辞めさせられることもないだろうし、この情報資料室の人員も増やしてくれるでしょ。そうすりゃちょっとは楽も出来る! それを目指してがんばろー!」 「あんたが言い出したんでしょ」 「あまりがんばる気になれない言い方ですね……」 「どうせ夢ならもっと大きいこと言やあいいのにね」  沙希の言に鼓舞された人間はいないようだ。 「小さなことからコツコツとだよ! あんまりデカいこと言って盛り上がっても後から空しくなるだろ?!」 「オアーッ!」  一人PCに向かっていた尾鷹葉子が、突如奇声を発した。 「な、なんだ?」 「どしたの?」 「ちょっと! そんなどうでもいい話止めてこれ見なよ!」  ちょいちょい、と軽やかに振られる掌に引かれSNOWのメンバーは葉子の机に集まってきた。 「どうでもいいってあんた……」 ぼやきつつ、沙希も軽く眉間に皺を寄せながらモニターを覗き込み、 「おうっ!」 と、勝るとも劣らぬ奇声を上げた。 「夕山真希……『L⇆Right(ライト)!』の方ですね」 「私たち会ったことあるかな?」  「直接話したりしたことはない……はず」 「現場で見かけたことはあるよ」  途端に皆の顔つきが変わってくる。仕事モードのテンションだ。  ……いや、今までやっていたことも仕事なのだが。 「えーっと……『千代(ちよ)エージェンシー所属の女性アイドルユニット・L⇆Right!(ライト!)の夕山真希さんが所属事務所のビルから転落、倒れているのが発見され……死亡が確認』って、えええ! 嘘?!」  遅れてやってきた岡真銀が仰天している。 「どったの岡ちゃん?」 「知り合い?」  過剰な反応を訝られたが、真銀は〝いえ〟と首を振った。 「好きだったので……。ただのファンです。可愛いですよね、彼女たち。華があって」  真銀の言葉にどことなく違和感を覚えた室長、六ツ院雪枝は少し記憶を探ってみて、その正体がわかった。 「ああ、あの双子でそっくりの……。たしか彼女たち、大き目のプロモーションがかかってましたよね。これからだったのに」  既に死亡しているので〝だった〟と過去形なのは道理なのだが〝可愛い〟から後が、彼女らの現在を示しているようで気になったのである。
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