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「そうそう。四季・真希の双子ユニット」
なりのダメ押しの確認で、みなお互いの顔を見合わせ頷きあった。
「死因はなんなの?」
「だから転落死だよ」
そうじゃないって、と伊予は手首を振った。
「今時のああいう高いとこって、窓開きにくくなってるじゃん。誤って転落死、ってそうそうないんじゃない?」
「窓拭きでもしてたんじゃなければねぇ」
葉子は今の軽口に対する周囲の評価が、あまり芳しくないことを素早く察し、
「まあ事故って可能性もなくはないと思うけど……あとは自分で飛び降りたか誰かに落とされたか……」
と、わざとらしく続けた。
「他になんか書いてないの?」
「そおねえ……事務所の発表もまだみたいだねえ……」
葉子は一通りネット上の記事、SNS等を検索しながら応じる。
「ああ、新情報あったよ。片割れの夕山四季が行方不明で現在警察が捜索中って」
途端に室内がざわついた。
「行方不明……警察はどういう見解を?」
「そこまではわかんない。飛ばし記事っぽいね」
葉子はキーボードの単調な音を響かせながら雪枝に応じる。
「まあ事件発生からまだそんなに時間経ってるわけでもなし……。どっかからぽっと出てくる可能性も高いよ」
「生きている状態で、とは限りませんが」
雪枝が何気なく、デリカシーが欠けているとも取れる発言をすると、案の定みなの間に一瞬緊張が走った。
「それアタシも思ったけど言わないようにしてたのに~」
「別にいいでしょ。当然可能性の一つよ」
なりは鼻を鳴らし会話の先を促すように言う。腕組みして壁に凭れかかり楽な姿勢を取ってはいるが、かなり事件にひきつけられているようだ。
「その場合どうなんの? 二人とも誰かに殺されたのかな?」
「事故や自殺なら、なんとなくだけど死体も一緒に見つかる気がするし……やっぱそうなるんじゃない?」
「ええ。その場合、一人は窓から落とされ一人は他の方法で殺された。そして転落死ではない方の死体は犯人によって何らかの方法でビルから持ち出された、という感じになりますかね」
沙希と伊予も、雪枝のこの考えに賛意を示した。
「なんでそんなことしたのかが、いまいちわからないけど……」
「そこはほら、その死体に犯人に繋がるなんかがあった、ってことでしょ」
「犯人にとって都合の悪い何かってことでしょうか?」
「あっ、じゃ、まだ千代エーのビルの中のどっかに死体が隠されてたりして」
伊代の言葉の後、みな押し黙ってしまう。その状態を想像してしまったのだろうか。
「しかし……あまり長く放置はできないですよ。建物内は空調で温度も上がってますし匂いとか……」
「結構エグい想像させるね、岡ちゃん」
なりは、まだ岡真銀をちゃんづけで呼ぶことに慣れないようだった。
「ん~、ネットのご意見だと夕山四季が真希を殺して逃げてるのでは? ってのが多いみたいだね~」
葉子はデュアルモニタの端から端まで目を走らせながら皆に言った。
「そりゃ可能性としてはね……」
「いなくなってる、ってのは確かに怪しいっちゃ怪しいんだけど」
「いえ、この状況で行方不明なんですから、疑うよりはまず心配しましょうよ。アイドルは相見互いですよ」
真銀はこう言った後、
「さっきあんなこと言っちゃったのになんですけど……」
と、すぐに下を向いてしまった。
「いやいや。気にしない気にしない」
〝ええ〟と、雪枝は葉子に軽く同意を示し、真銀に笑いかける。
「なんにせよ直接私たちに関係しない話を憶測で語るのは、この辺で止めておきましょうか」
そしてやんわり皆の注意を通常業務に戻した。
「まあ、あたしらも一応アイドルだからさ、オフィシャルに犯人当てみたいな発言しちゃうとマズいけど、仲間内でダベってる分にはいいでしょ? そんなお堅くなんなんくても」
「ええ。一般の方ならそれでいいと思いますが、私たちはやめておきましょう」
葉子も特にこの話題を続けたかったわけではなく、流れで口にしてしまっただけなのだが雪枝の思いのほか強い反応を引き出してしまった。
とはいっても、相変わらず口調だけは真綿のように柔らかいのだが。
「……情報に携わる仕事をしている者として。アイドル関係は特にそうしませんか?」
こう言われてしまっては葉子も頷くしかなかった。
「だいたい尾鷹が関係ない話するのが悪いんだよ」
「は? 私は業界の情報を収集してたんですが? 千代エージェンシーと言えば大手ですし? 絶賛売り出し中の〝L⇆Right!〟 がこのような不幸に遭ったのは重要なトピックだと思いますが? みなさん知っておいたほうがいいのでは?」
「うぜー!」
いつものやりとりの流れで、沙希は思わず罵倒してしまったがこれは葉子の言う通りなのである。
ここではパソコンで情報収集するのも業務の一環としており、今はたまたま葉子の番だったのだ。
「アイドル絡みの事案ですし、一応頭の片隅には置いておきましょうか」
雪枝の無難な一言で、この場は一応お開きとなった。みなこの事件について、とても気にはなっていたが、自分たちが関わることはないだろうな、と思っていた。
一連のやりとりも、ささやかな日常風景の一コマとして、やがて記憶の底に沈んでいったのである。
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