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その日、SNOWは東京・秋葉原でおこなわれた小規模のアイドルフェスに出演していた。
「客席から見てて思ったんだけど、場位置がちょっと変じゃなかった?」
出番が終わりバックステージに引っ込むと、早速大江なりからツッコミが入った。出演者全員が共同で使っている楽屋なので周囲はごったがえしている。
「間違いとかはなかった……はずなんだけど」
応答している沙希も一応といった感じで、そんなに自信がありそうではない。一方なりのほうも確信があるわけではなく、あくまで印象論である。
なりは地下の情報資料室に出入りはしているが厳密にはSNOWのメンバーではない。ダンスの振りなどは頭に入っているが、今日はたまたま時間が空いたので現場に来てみた、という立場だ。
「いや、細かい技術的な話じゃなくてさ、なんて言ったらいいかな」
なりは自分の違和感をどう伝えるのか、考えあぐねているようだった。
「あ、そうだ。センター! センターがおかしかった。前〝日曜日の朝から〟やった時、岡ちゃんがセンターだったじゃん? 今回尾鷹がやっててさ。悪くはなかったんだけど、変な感じした。なんで変えたの?」
「へえへえ。悪うござんしたねえ。華がありませんでねえ」
葉子はすっかりヘソを曲げている。
「いやいや、そうじゃないって。センターが岡ちゃんだったのって、この前やった人気投票の結果だよね? そこ変えちゃったらお客さんも納得いかないんじゃないかなー、っていうか」
なりとしては、おかしなことは言ってないつもりだが、みな微妙な表情で顔を見合わせている。
「いやあ……あれ別に人気投票で決めてるわけじゃないんだよね……」
「えっ? でも岡ちゃんが一位だったのは事実でしょ?」
伊代の答えに、なりは得心がいかないようだ。
「確かに岡ちゃん、私たちの中では人気あるんだけど……」
「あの、あの投票券付きCDの発売日が私のお誕生日で……多分それで私にたくさん票が入ったのかな、って……」
ついこの前、SNOW初の人気投票が行われたのである。
「いやいやいやいや! ちょっと待って! ストップ!」
なりは慌てて、しんみりした調子の真銀の語りを制した。
「その、人気投票の分析はそれでいいとしてさ、結果は結果でしょ?」
「ああいや、だからポジションと人気投票は全然関係ないの」
見かねて沙希が口を出す。
「じゃ、なんで選挙なんかしたの?」
「なんか雰囲気で……」
「うちらもアイドルだし、そういうのもいるのかな、みたいな……」
「よくやってんじゃん、なんか。そういうの」
なりは額に手をやり〝頭が痛い〟と素振りで示した。
「室長! 存在消してないでなんか言ってよ! いいの? この現状は!?」
若干顔を背けていた雪枝は、ゆっくりと話に加わる意思を見せる。
「厳しいお言葉ですね……」
「余裕がないのはわかるけど、こんなゆるふわでやってちゃダメじゃん! 本末転倒だよ! 情報活動に軸足を置きすぎなんじゃない? あっ、もしかして会社にほっとかれてる? SNOWってマネージャーとかプロデューサーみたいな役目の人いないわけ?」
「えっ、それって……」
「なりさんじゃないんですか?」
なりは目が点になった。
「いや、うん……確かにそういう話だったんだけどさ。他のことも色々頼まれるようになっちゃってね……〝情報資料室〟としての仕事は手伝ってるから……っていうか、広報の助手もやってるから、いつのまにか軸足がそっちに移っちゃって……」
語尾がだんだん小さくなっていくなりだったが、自分でも言い訳がましい、と思ったのか、
「でも! これからはSNOWのマネージャーちゃんとやるよ! そこは私が悪かった! ごめん!」
と、いさぎよく謝罪した。
「しかし……広報が忙しいのも事実ですからね。なりさんが、こちらにかかりきりになってしまうと、秋さん一人では回らなくなってしまうのでは……」
「ダメだよ室長! もっと自己中になんなきゃ!」
なりは、グッと握り拳を作った。
「そうやって全体を見て気ぃ遣うのは室長のいいとこだけどさ、アイドルなんだからもっとガツガツいかなきゃ! 伊都ちゃんにもちゃんと許可とって、これからはSNOWの専属マネージャーやる!」
〝伊都ちゃん〟と呼ばれている人物は長尾伊都。雪枝たちSNOWの属しているヨネプロの所属タレントであり『戦略的マネジメント担当部局統括部長』を兼任している。SNOW最年少の岡真銀より生まれたのは数か月遅い。つまり彼女らの誰よりも若かった。
〝情報資料室〟としてのSNOW及び大江なりは、伊都を直接の上司としている。さっきから話題に出ている広報の秋夢叶も彼女の下に配属されていた。
「確かになりがそういうのやってくれたら、ウチらももうちょっとビッとするとは思うんだけどねえ」
「ユッキーって、頭イイけどアイドルとしての売り出し方とかプロモーションとかは、からっきしダメなんだよね」
葉子が言うと、すぐに伊代から〝お前もだろ〟とツッコミが入った。
「面目ないです……」
「なんかあんま興味わかなくて、そっち方面にアタマ働かないんだよ。ね?」
葉子が言うと、
「そ、そんなことはないんですけど……!」
と、雪枝は慌てて否定した。
「なりのことはこれからおいおい考えてくとして。まー、とりあえずみんなで頑張ってこう」
沙希はまとめるように言うと、雪枝、葉子の頭頂を順番にコツン、コツンと叩いていった。モグラ叩きの要領だ。
「はい……」
「え? 今なんで叩かれたの?」
二人が思い思いのリアクションを取り、なごやかな笑い声が満ちた時
「よーっす、久しぶりー。なんか面白そうな話してんなー」
突然の闖入者が現れた。
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