14. 結節点

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「あの、こちらに保養中の方で長期の方がいると思うんですが、おそらくもう三、四ヵ月月以上の」 「女性で」  若い女三人組である。みな、この辺りでは見ないような整った顔立ちをしていた。中でも後ろに控えている一人は足日の目から見てもズバ抜けて美形だった。 「いや、いるにゃあいるんだけど、男か女かは……」  知らない、と言いかけて足日はハッと気づく。特段注意されているわけでもないが、この身元不明の少女たちに事情を話す必要はないな、と思ったのである。大袈裟に言えば〝必要以上の情報を与えない方が良いのではないか?〟という感覚が働いたのだ。 「あんたがた、誰だい? 見ない顔だけど」  せいぜい露骨に胡乱な客に応対する時の顔を作ってやった。ああ、と今気付いたようにかしこまり、先頭の少女はにっこり笑ってお辞儀をする。 「申し遅れました。私たちはここで保養中とうかがっている西家蓮さんの友人で、ご親戚の大和兎さんの頼みで参りました」 『そんな名前だったかな?』  顔の見えない宿泊客の名前を、足日は覚えていなかった。帳面を確認してみたが…… 「あー、なんか違うみたいだね」  記されている氏名はまるで違う。 「ああ、全く違う名前で逗留していると聞いてきました」  これで終わりかと思ったのだが、意外にしつこい。態度は穏やかだが喰いついたら離さないぞ、というような意欲を感じる。 「まあちょっと待ってよ、聞いてみるから」  何かあった時用の番号に掛けようとして、足日はふと気付いた。大和の話だと、逗留客は心の病気で引き籠っている子、ということであった。偽名を使っているということは、もっと深い事情もあるのではないだろうか?     本人の気持ちなのか世間体なのか、家族と不仲で逃げているのかもしれない……。  あまりつつかない方がいいのではないだろうか。大和兎に直接聞いてみればいいのだが、生憎個人の連絡先は知らなかった。  さてどうしようかな、と考えていると絶妙なタイミングで先頭の女の子が口を開く。 「あの、私たちは会えなくてもいいんです。渡してもらいたいものがあって」 「どんなもの?」  女の子は、後ろの娘からちょっと大き目の海苔の箱を受け取り、足日に見せた。 「ほお……」  まじまじと眺める。まさか爆弾というわけでもないだろうが。しかし、食べ物だと色々あった時に面倒だし、持って帰ってもらったほうがいいような気がする。受け取って自分で食べるなり捨てるなりしてもいいが。 「中、見てもいいかい?」 「どうぞ」  思いがけず、少女は簡単に箱を渡した。蓋は固定されておらず簡単に開く。 「靴か」  中身は、黒い編み上げの靴であった。女性の持ち物と言われても不自然でないように見える。 「これをわざわざ届けに来たの? 宅急便かなんかで送ればいいと思うんだが」 「私たちも詳しくは知らないんです。大事なものらしくて、知らない人には任せたくないという話でした」 「うーん……」   気持ちは、わからなくはない。しかし壊れ物でもなかろうに、とも思う。ガラスの靴というわけではないので多少雑に扱われても壊れはしない。 「渡す時に千代エービルのロッカーに入っていた物、と伝えていただけたらと」  少女は少し声を張った。 「ああ」  渡すと言っても、おそらく顔を合わせることはないだろうから勝手口か玄関の前に置いておくことになるだろう。紙のメモでも添えておくか? 「他に何か伝えたいことはないの?」 「はい。それだけで結構です」  やんわりとした微笑で、こう返された。  ……自分で書くよりは、この娘に書いてもらったほうがよかろう。  そうかい。ちょっと待ってね、と応じボールペンとメモ帳を探しながらふと気付いた。なにか、もう渡してやってもいいような気分になっている。 『どうしたもんかね……』    なかなか見つからないフリをしながら、心中で状況を反芻してみた。別に靴を渡してやるぐらい、かまわない気もする。心が病気で引き籠っている子に友達などいるのだろうか? とも考えたが、本当に友人なら泣かせる話なのかもしれない。  しかし、渡すにしても箱は外して、中身の靴も一応自分が確認はしたほうがいいだろう。  もしかしたら盗聴器かなにか入っているかもしれない……考えすぎだろうか? 『ああ、そうか。本人に聞いてみるか』  急に思い至った。大和兎が彼女(?)を連れてきた時に、管理人室に取り付けていったインターホンのような機械があるのだ。双方向で別棟の滞在人と通話出来る。使ったことがないので忘れていた。 『アレなら顔も合わせないでいいし、かまわんだろう』  カメラもついていない。よし。これでいこう、と戸口の脇にある機械のスイッチに手を伸ばそうとした矢先、 「まだ頑張ってんの? その人マジでなんにも知らないよ」  勝ち気な、場にそぐわない華やいだ声が聞こえてきた。  振り返ると野生の狼のような厳しさを湛えた少女が、挑むような目付きでこちらに対峙していた。訪ねてきた三人の後方に、屹と陣取っている。その瞳には、まるで自分以外の全員が敵と映っているようであった。  だが、一番目を引くのはやはりその足である。ギプスこそなかったが、サポーターを装着し片一本の杖で体重を支えていた。足の傷は、引き籠もりのわりに身綺麗な娘の印象に、殊更痛々しく映えていた。 「あ~、それじゃちょっと無理だね……」 「ひどくやっちゃってね」  三人の一人が発した声に、皮肉っぽく応じる。 「あなたは〝夕山四季〟さんですか? 〝うらのとまや〟さんは?」  三人組の先頭……六ツ院雪枝が問うとへぇ、と薄く笑い少女は軽く口笛を吹いた。 「お見通しってわけね。そう。私は四季だよ。夕山四季。〝しぎ〟かな。ついでにいえばあいつは紅葉(もみじ)」  なるほど、と雪枝は小さく首肯した。澄んだ声音は地面に落ちるようだった。  四季と名乗る少女は不審げに雪枝を見返し、 「……まあいいや、取り合えずそれ持って来てよ」 指で方向を指図した。滞在している〝離れ〟の方角なのだろう。 「靴、持ってきてくれたんだよね? 私持てないからさ」  目線を脚に向ける。 「このまま俺が持ってってやってもかまわねえよ」  ようやく足日が口を開いた。靴と箱は、まだこの男の元にある。 「いえ、結構です。こいつらに持ってこさせます」 四季は別人のように愛想が良い。 「……ごめんなさい。実は管理人室の来客応対、私の部屋で聞こえるようになってたんです。伝えておいたほうが良かったですね。それと、全然かまわないでくれて、本っ当に助かりました! その、精神的に。ありがとうございます」  そして、深々と頭を下げながらこう言った。 「いや、俺が無精なだけだよ。あんたも長居したわりに手がかからない客だったね」  足日もにこやかに受けたが、少し寂しそうにも見えた。このおかしな滞在客との別れを予感しているのだろう。会ったばかりの関係ではあるのだが。 「友達かい?」  四季は少し勘案して〝違います〟と答えた。
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