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「プロジェクトの宣伝も兼ねて……っていうかそれが主なんだからね。ケンカのほうが面白かったら、みんなそっち書いちゃうよ! あくまでも記者さんには大型アイドルレーベル誕生への期待を衝撃とともに書いてもらわないと」
「メディアの囲い込みとか支配とかってしてないの?」
「そんなのしてたら『NEO NECO!』で全部書いちゃうわよ」
大和兎も素知らぬ顔で口を入れてきた。
「そっかー」
あはは、うふふ、と笑い合う女二人を、達夫は苦虫を噛み潰したような顔で見ている。
「……そうだ、ちょっと数凪ちゃん、あの二人の間に入ってケンカやめさせてきてよ」
「えー? そんなの出来るのかな」
「出来る出来ないじゃないよ! やるの。数凪ちゃんってゆくゆくはプロデューサー目指してるんでしょ? そういうスキル必要だって、絶対」
達夫の喋りに、だんだん熱が入ってくる。言葉にしていく内に本気になってきたようだ。
「じゃあ、シミタツさんの手本見せてよ」
「手本……あ、そうだ。僕ちょっと会場見て来るよ。そろそろ人集まって来てんじゃないかな」
忙しそうに、せかせかした動作で有無を言わさず部屋を出て行ってしまった。
「あれは確かにスキルかもね」
紙魚達夫が出て行った白いドアを見つめながら、兎は呟いた。
「ねぇ、スゥちゃん。本当にやってみてもいいんじゃない? ケンカの仲裁」
「え? マジでですか?」
数凪は目を丸くする。
「何事も経験よ。それにスゥちゃんの言うことなら、あの二人も聞くかもしれないし」
「う~ん。別にどっちともそんな仲良くないけどなあ……」
しかし、やってみるか、という気になった。
ツカツカと歩み寄り、まずはChaosに向かって
「なあオッサン、ムカついてんのもわかるけどさ、ハタから見てたらあんたいっつも態度悪いよ。ここは一つ……」
「誰がオッサンだ!」
Chaosはいよいよ激昂した。体中の血が顔面に集まったように真っ赤である。頭髪が内部の圧力に耐え切れず、今にも天井に突き刺さりそうに見えた。
ナミサヤカは再び、何かに憑かれたようにケタケタと大口を開けて笑っている。
「……君、悪いんだが今は容喙しないでもらえるかな?」
朱英も冷や水を浴びせるような調子で数凪に相対した。Chaosは口角泡を飛ばして、頻りに〝敬意が〟とか〝礼儀を〟といった言葉を交えながら数凪を罵倒している。
「無理だった」
「無理だったか~」
大和兎は苦笑しつつ、部屋の端で数凪を迎えた。
数凪はため息をつきつつ時間を確認し、
「これ、マジで間に合わないかもしれないですね。私もちょっと現場行ってきます」
「え? ステージに行くってこと? 行ってどうするの?」
「間を持たせようと思って。シミタツさんもいれば二人で」
当然のように言った。
「あっ、ああ、そうか。スゥちゃんってそういうの出来る人だったか」
兎の不覚である。数凪はこれでも元アイドルなのだ。
「じゃ、ちょっくら行ってきます」
数凪は軽く会釈して、扉へ向かった。出る前に、ちらっと怒号が飛び交う方を見てみる。葉埼朱英とChaosは相変わらずお互いしか見えていなかったが、サヤカは数凪に気付いた。
ニコニコ笑いながらこっちに手を振ってくれる。悪い気はしない所作だった。
『やっぱ、あの人なんか好きだな』
数凪は手を振り返し、控室の外に出た。会場の方からは、もう独特の音のこもったざわめきが聞こえてきた。
ここはとある駅前複合施設のイベントスペースである。音響設備等も一応揃っており時折ミニライブなども開催される。昨今はオンラインのストリーミング配信などにも対応しているようだ。
よっしゃ、行くか。自分の両頬を叩き気合を入れ直したその時、一際大きい歓声が会場の方角から聞こえてきた。
……歓声? 悲鳴のような叫びも混ざっている気がする。
いや、歓声にしても悲鳴にしてもおかしいのだ。今日は別にアイドルが来ているわけではない。大物五人しても、そういう性質の人々ではなかった。
何か、どこかで聞いたような声が耳に入った気がした。SNOWの誰かだろうか?
『あ、いや、シミタツか?』
しかし今、どうも目立って聞こえるのは紙魚達夫の叫び声のような気がする。パニックになっているような様子だ。
警察、警察、と喚いている声も聞こえる。……これも達夫のものか。
『なんかあったな、これ』
数凪がおっとり刀で駆け付けようとした直後、混乱した物音がこちらに向かって近づいてきた。
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