カミキリびより

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 ある日、ゆうかちゃんは私をつれて竹林に入った。  竹を切って弓矢をつくった。矢じりは川にしずんでいた鉄や、骨を使用した。  弓をみて子供たちはバカにした。  ゆうかちゃんは子どもたちを相手にせず、町にすむ、小型のカラスを矢で射る練習をした。彼女が矢を射る度に、背中のマントが、天をまうつばさのように、うつくしくなびいた。  —―ツカイカラスはカミキリカラスと、音波をつかって会話できるの。  ようやく一羽のカラスをしとめた時、ゆうかちゃんはそういった。カラスの頭にナイフを入れ、ピンク色の肉塊をとりだした。ゆうかちゃんはそれを道端にすてると、自慢の赤い靴でふみつぶした。  —―私たちはコイツらにいつも監視されているの。カミキリカラスを殺すには、まずツカイカラスから殺す必要がある。  ツカイカラス。カミキリカラスよりも小型で、ちいさな群れをつくって行動する。エサは人の頭ではなく、木の実や昆虫である。ゆうかちゃんのいう通り、ツカイカラスは私たちのすぐちかくにいた。電線やゴミ捨て場の上にたち、黒い目でしずかに私たちをみていた。  いつも子どもたちがあつまる広場にゆうかちゃんはいかなかった。すぐちかくの電線に、常に一羽、ツカイカラスがとまっているからだった。このカラスは非常にかしこく、ゆうかちゃんが弓をかまえると、すぐに空へとびたった。  ゆうかちゃんのいったことが真実かどうか、たしかめる方法はない……。だけど、たしかに彼女がカミキリカラスに襲われたことはないし、餌食になるのは、いつも広場にあつまる子どもたちだった。  ユズキちゃんが死んだショックに、トボトボと下をむいて家に帰っていると、空から視線をかんじた。  電柱のうえにツカイカラスが一羽とまっている。  カミキリカラスの今日の食事はもうおわった。だから、みつかっても脅威はないはずだった。それでも不安になった私は、足早に路地を駆けぬけた。  追いかけてくるかとおもったけど、カラスはその場からうごかなかった。  私はもう一度ゆうかちゃんの家にむかった。  玄関の前でゆうかちゃんの名前をよんだ。やはり反応はなかった。中に入ってしばらく探してみたけど、やはり、だれもいなかった。  家は空っぽになっていた。  生活に必要な物、カミキリカラスを討伐するために、コツコツと作っていた物、そして、私との思い出の物も、すべてがなくなっていた。  わずかな希望が砕かれて、私はへなへなと畳のうえにくずれおちた。  本当は家に入った瞬間にわかっていた。この家をつつみこむ、重苦しいのオーラのようなものが、この家にはだれもいないと私に語りかけていた。  どこにいってしまったの……。  私は家に帰ることもなく、ゆうかちゃんの部屋で泣いた。  一人で泣くにはこの部屋はひろすぎた。少し前までは、ほんの少し手をのばせば、彼女の手がそこにあった。しかし今は、なにもなかった。町がつくりだした影が、私をなぐさめるように、忍び入っている。  時々、窓の外のずっとむこう……山のほうをみて『帝国』とはどんな町なのか、想いを馳せる。  彼女がそこで笑っているすがたをおもいうかべる。  どのくらいの時間が経っただろう、カラスの鳴き声がふたたびきこえた。  私は逃げる気力もなくうずくまっていた。  その日は別の子がたべられた。  涙が枯れた頃、私は家をでた。  その後、カラスは七度ほどおとずれた。  七人の子どもが犠牲になった。  私はプーカから死んだ子供の情報をきいた。話したことのある子もいれば、接点のない子もいた。  タカシも食われた。  釣り作戦を実行したが、カラスは、カカシには目もくれずに、タカシに食らいついたようだ。  新たなリーダーをえらぶくじ引きがおこなわれ、ふたろーがえらばれた。  ふたろーはリーダーにきまったその日、泣きわめき、行方をくらました。    私はその間、ゆうかちゃんとすごした場所をまわっていた。  野良犬がおおくでる裏路地、子供たちが眠る墓、動物の骨がしずんだ川……どこにも、ゆうかちゃんはいなかった。  竹林にゆき、虫の鳴き声をききながら、弓をつくった。  矢をつがえてみたが、おもうようにとばない。空き缶を的に放ってみるも、風にながされてしまう。ゆうかちゃんは遠くからでもカラスを射抜いていたが、その方法がよくわからなかった。彼女のすがたは、赤いマントのかさなり、一筋の風であった。  しばらく練習して、コツは、矢と一心同体になることだ、と理解した。  風が、的と私の間にながれている。それを矢とむすぶのだ。  呼吸をととのえると、私と弓に一本の線が引かれる……その時に指を離せば、矢はまっすぐにとんだ。
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