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【本文より抜粋】 「じゃあな、茅島(かやしま)先生」  ドアの前に掛けてあった『只今外出中』のプレートを外して(あさひ)に渡すと、周藤(すどう)はいつも通り笑って廊下を歩いて行った。 「ちゃんと授業しろよ、周藤先生」  旭の言葉に、背中を向けたままでひらひらと手を振る。  この腐れエロ教師が、と思ってからそれは自分もだな、と考え直してため息が洩れた。  養護教諭である茅島旭と数学教師の周藤はいわゆるセフレという関係にある。一年前、この蒼嶺学園に赴任してきた旭はその日のうちに周藤と関係を結んでいた。誘われたから受け入れた――それだけのことだった。  旭にとって、セックスはあの日以来快楽以外の何物でもない。その点は周藤と意見が一致していた。だから、一年も面倒なことになることもなく関係を続けているのだろう。次にどちらかが転勤となればこの関係は終わる。お互い次の相手が見つかればいいね、と笑い合うんだろう。  恋人が欲しいと思うことはある。ただ、それは旭の中で漠然としていて実体のないものだった。自分が恋だと思っていたことは、恋ではなかったと知った高校生のあの日からだ。 だから、周藤には求めない。体の相性が良くて、付き合いやすくても、あくまでも彼はセフレだ。それが旭には一番楽だった。  旭は保健室のドアを閉めて、デスクに戻った。もう直ぐ体育祭がある。そのための準備やら発行物の制作やらがまだ終わっていないのだ。  ふう、と息を吐きながら、椅子に乱暴に腰掛けると同時に、旭は驚きで凍り付いた。  移した視線の先に、制服姿の男がさっき周藤と抱き合ったベッドに腰掛けて居たのだ。  ブルーのネクタイをしているので三年だろう。けれどその顔は年齢よりも大人びて見えた。  十秒ほどは凍結したままだっただろうか。自分の喉を通っていく唾を感じて、旭はその呪縛のような時間から解き放たれた。 「……えっと……いつから?」  といっても、所詮動揺したままの思考じゃこの程度の言葉しか出てこない。周藤なら、もっとスマートに言葉をかけるだろうなと思いながらも、旭にその才はなかった。 「……先生たちが来る前、になるのかな」  生徒は旭を見詰めたまま答える。当然の答えだ。  確かに、周藤を迎える前に、五分ほど保健室を空にした。職員室のホワイトボードに外出の文字を入れるためだ。その間に彼はここを訪れたのだろう。 「俺、委員会の会報担当らしくて。もうすぐ体育祭あるから、資料とか借りようかと思って来たんだけど」 「そう……資料なら、そっちの棚にあるから、適当に……」  彼が普通に受け答えするので、見なかったことにしてくれるのかと思い、旭もそれに倣うように返す。けれどその直後に、ねえ、と低い声が返って来た。 「誤魔化せると思ってんの? 先生」 「な……そう、だよな……」  旭は生徒の言葉にため息を吐いた。  教師同士、しかも男同士の情事を見せられて、何もなかったことにはしないだろう。あわよくば、なんて思っていた自分は甘かったらしい。 「俺もびっくりしたよ。あっちの棚見せてもらおうと思って行ったら、その間に先生帰ってきて、顔出したら周藤と始めちゃうし。邪魔しても良かったんだけど、それも野暮かなと思って」  ため息を吐きながら長い脚を組んで、彼は旭を見つめて笑った。  彼が言う『あっちの棚』、とはこの部屋の端に位置し、体が棚に隠れてしまうので死角になる。静かに身を潜められたら、旭でも気づかない。 「そっか……とんでもないもの見せたね」 「そう? ――先生ってさ、結構可愛い声で啼くんだね。それに職場で遊んじゃうような淫乱だったんだ」  その言葉と挑発的な視線に、旭は絶句する。それでも呼吸を一つ置いてから、ゆっくりと口を開いた。 「脅しか?」  恐々聞くと彼は、まさか、と首を横に振った。 「誰にも言わないから、先生、俺と恋愛してよ」  彼の提案は旭にとって予想外だった。しばらく言葉が出ないでいると、彼はまた笑い出した。 「俺、三年の宮浦亮汰(みやうらりょうた)。亮汰でいいよ」 「――おれは、生徒と個人的に関わるつもりはない」 「いいの? そんな風に言って。クビとか左遷とかになるんだろ? バレたら。確か、蒼嶺の分校ってなんとかっていう島だよね」  亮汰がにこりと微笑む。こちらの落ち度だが、その笑顔は少し腹が立つ。 「やっぱり脅しだろ。おれを抱きたいってことか?」  高校生なんて、そんな頃だ。恋愛をしようなんて言っているが、結局は男同士のセックスに興味があるだけだろう。  旭は椅子から立ち上がって、ベッドに座る亮汰の前へと立った。 「それももちろんだけど、付き合いたいんだ、おれは」 「物好きだな。お前くらいのルックスなら、誘いも多いだろう」  軽くパーマのかかった髪はサイドで分かれていて爽やかな印象なのに、整ったその顔と合わさると、どこか官能的だった。目元のほくろのせいかもしれない。間違いなくイケメンの部類だ。 「否定はしないけど……先生とがいい」  亮汰が立ち上がり、旭の首に腕を廻した。立ち上がると旭よりも少しだけ身長が高いようだった。体も見た目よりしっかりとしていて、旭くらいなら抱き上げてしまいそうだ。   亮汰はそのまま旭にキスをした。久しぶりのキスの感覚に、旭の心臓が跳ねる。  そういえばセフレとはキスをしたことがなくて、キス自体もう随分していなかった。 「お前……男と経験あるのか?」 「ううん、これが初めて。でも、先生の抱き心地は良さそうだね」  亮汰が可愛らしく微笑む。大人っぽい顔をするかと思えば、笑った顔はちゃんと高校生だった。 「あのなあ、そういうことを大人に向って……」 「生徒と関係しないとか言って、あっさりキスさせてくれた人が大人って」  亮汰はくすくすと笑いながら、その体を両腕でベッドへと引き込んだ。体勢を崩した旭は、さっきシーツを張り替えられたばかりのベッドに押し付けられる。 「……授業はいいのか?」 「あんまりクラス馴染めてなくて、サボリ常習犯だから平気。心配するような友達もいないしね」  その言葉に、ぽっちか、と笑う。それから部屋のドアに視線を向けた。 「じゃあ、鍵を――」 「俺が締めて来る――あ、先生脱いだらダメだよ。俺が脱がすんだから」  亮汰は旭の上からさっと降りると、ドアへ向いながら声を掛けた。 「……好きにしろ」  こうなってはもうヤケである。白いベッドの上にあお向けたまま、見慣れた天井を見上げてため息をついた。  高校三年生ともなれば、もう大人と変わらないが、生徒だけには手は出さないと決めていた。まさか手を出されるなんて思ってもなかったが、きっと亮汰だって、一度抱けば満足するだろう。そうしたらお互いなかったことにするだけだ。  そんなことを考えていると、サムターンの廻る音がして、亮汰が戻ってきた。 「俺、男初めてだからさ、先生……」  ギッ、とベッドが軋んで亮汰が旭の上に覆いかぶさる。 「――教えてよ。得意でしょ? 保健の先生なんだから」 「おれは教壇に立ったことはないからな」  旭は亮汰の顔を見上げて毒づく。それを聞いた亮汰は嬉しそうに笑った。 「いーじゃん、ベッドの上で個人授業だよ。俺はその方が好き」  亮汰が旭のシャツに手を掛ける。旭は基本的にタイをしない。教壇に立つような教師ではないので、意外とラフなのだ。白衣という制服があるせいかもしれない。  あっけなくシャツは開き、薄い胸が空気に晒される。そのまま亮汰はベルトに手を掛けて前を開いた。 「先生細いなあ……腰とか、女より細いんじゃない?」  するり、と亮汰の指が素肌に伸びる。指先は少し冷たかった。胸を這い、小さな突起をするりと撫でていく。 「触るより触られたいんじゃないか? 宮浦」  たどたどしい指の動きを見て、旭に自然と笑みが零れる。亮汰は慣れているふりをしているが、本当は女の子ともあまり経験がないのかもしれない。旭は腕を伸ばして亮汰の脚の間に触れた。 「ちょっ……」 「なんだ、興奮できてるんだな。やっぱり若いな」 「――結構前から、こんななんだよ! 先生の声聴いてから!」  真っ赤になって可愛い告白をする亮汰に、旭が笑い声を立てる。 「じゃあ……体勢を変えたほうがいいな」  旭は起き上がると逆に亮汰の胸を押した。体勢を保つ間もなく、その体がベッドにあお向ける。 「何、俺が……」 「いいから……とりあえず、辛そうだから出してやるよ」  旭は事も無げに言うと、亮汰の制服を寛げて下着からいきり立つ中心を掴み取る。 「先生……嘘、だろ……」 「大丈夫、噛んだりしないから」  言うとすかさず、亮汰の中心を口に咥える。本当は口淫はあまり好きではない。けれど求める人が多く、そのうち何も感じなくなった――この時も、ただいつものように亮汰を口で高みに上らせようとしていた。 「んっ……」  ちらりと目だけでその顔を覗くとまんざらでもない表情が見え、旭は苦手な行為をしているというのになんだか少し嬉しかった。久々に主導権を握るような行為をしているからかもしれない。 「先生、やばい……離して」  旭は亮汰を見上げ目顔で、どうして、と問う。 「だめ、イキそうだから――早くっ!」  ぐい、と頭を押されて無理矢理体を離される。亮汰は自分の性器を握りこんで、軽く扱いた。自らの手の中に白濁を零してため息を吐く。それからこちらを不機嫌な顔で見やった。 「先生、上手すぎる……気持ちよかったけど複雑だな」 「……どうして離したんだ?」 「さすがに口に出すのは……可哀想だよ」 「……可哀想?」  旭が聞き返すと、亮汰は頷いてから洗面台へと向った。  水の流れる音の中、亮汰が話し出す。 「うん。だって、これって苦いらしいじゃん。体調によってはすげー不味いらしいし……俺だったらヤダから、しない」  キレイになった手をペーパータオルで拭うその後姿を、ベッドに座ったまま旭は新鮮な気持ちで眺めていた。そんなことを聞いたことはこれまでにないし、これからもないと思っていた。  亮汰の言うことは事実だということは、旭はよく知っている。周藤のも、その前にセフレ関係を結んでいた人のも味わったことが何度もある。  ただ、それを口にすることを強制されることはあっても、口にするなと言われたことはない。 「……変わってるな」 「そうかなあ……ってか、勝手に達かせやがって! せっかく先生のイイ声聞きたかったのに」 「若いんだから、もう一回くらいいけるだろ?」 「んー……やめとく。今度にする」  亮汰は旭に紙コップを差し出しながら言った。その紙コップは洗面台に置いてあるもので、備品として常備してある。中には水が満たされていた。  旭が首を傾げ亮汰を見上げる。 「うがいしてよ。気持ち悪いだろ」 「え、あ、ああ……ありがと……」  慌てて受け取ると、亮汰は嬉しそうに笑った。 「今度は俺が頑張る。勉強してくるよ」 「え、今度って……一回で充分だろ」  驚いた表情を向けると、亮汰も驚いた顔を向けた。それから少し怒った様に旭を見つめる。 「俺、先生と付き合いたいって言った。セックスはそれに付いてくるものなだけ」  真剣なその言葉を聞いて、旭は小さく息を吐いた。それからこちらも真面目な顔で口を開いた。 「……セックスならしてやる。一回だけ」  それで終わるのならそのくらい平気だと思った。生徒という肩書を無視すれば、彼は充分に旭の好みだ。 「……わかった。セックス一回、ね。それまでは、俺がいつ喋っちゃうか分かんないから、付き合ってることにした方がいいよ」  しばらく何かを考えてから答えた亮汰は、次の瞬間には、じゃあ授業戻るね、と笑顔で保健室を出て行った。 「これで良かったのか――」  生徒とこんなことをして、更に次の約束もしてしまって、自分は教師として大丈夫なのだろうか、と自問する。同僚と爛れた関係になっていること自体、そもそも良くはないのだが、旭だってそれなりに教師としての矜持がある。 「……卒業まで躱せばいいのか」  季節は既に秋だ。あと数か月もすれば三年は自由登校になるし、それが過ぎれば卒業だ。会う機会も減るだろう。その間、亮汰を避けて過ごせばいいだけのことだ。  それでいい――そう思いながら、亮汰がくれた水に口を付けた。ただの水道水なのになぜか少し優しい味がするような気がして、旭はそのまま飲み込んでしまった。  けれど、気持ち悪いなんて、ひとつも思わなかった。 ========== サンプルはここまで。 続きは同人誌「好きだよ、先生」でお楽しみください。
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