38人が本棚に入れています
本棚に追加
神の定義(ケイトの話)
それからも人間は私のところにやってきた。その者たちは私のことを『神』と呼ぶ。
私を訪問してくる人間は、貢ぎ物と称して何かしらの食料、飲料、装飾品を持ってきた。無料で頼みごとを聞いてもらうのは申し訳ないと思ったのだろう。
初めのうちは貢ぎ物を断っていたのだが、次第に断るのが面倒になってきた。それに、受け取るのを拒否すると人間の感謝の気持ちを否定するような気がするから、貢ぎ物を受け取ることにした。
人間が感謝する気持ちは嬉しいのだが、私は正直なところ人間への対応に困っている。考え事をしながら歩いていたら、ポールの家の前を通りかかった。
ポールは家の前で若い女性と楽しそうに話をしている。
―― あれっ? 手を握ってない?
ポールは結婚していないと聞いていた。婚約者がいるとも聞いていない。さらに言うと、恋人がいるとも聞いていない。あの女は誰?
私に秘密で交際している女性がポールにはいるのか?
私の寿命はポールよりも10倍くらい長い。ポールは男性として悪くはないと思う。思うけど、人間はすぐに死んでしまう。寿命を考えるとそういう対象としては見れない。
だから、私はポールの女性関係に口を挟むことはしないと心に決めている。
でも、なぜだろう? 二人を見ているとイライラする。
―― あの女はポールの何?
私が若い女性を凝視していると、ポールが私に気付いた。あまりにも長い時間見ていたのだろうか?
ポールは「妹のニーナだ」とその女性を私に紹介した。
「妹?」
少しほっとした私がいる。そういわれれば、二人の顔立ちは似ている気がする。
「そうだよ。僕には兄が1人と妹が1人いる。その妹がニーナ。ニーナは生まれつき身体が弱くて、いつもは家にいてあまり外出することはない。今日は体調が良さそうだったから、森に連れてきたんだ。森の空気を吸うと気分転換になるでしょ?」
ポールに紹介された女性が「はじめまして、ニーナです」と挨拶したから、私は「ケイトよ、よろしく」と返した。
それから私たちは少し話をしていたのだが、ニーナは私と話している間ずっとポールの手を握っている。見ていて、あまり気分がいいものではない。
もう少しニーナと話していてもいいのだが、いまは相談が優先だ。私はポールに話しかけた。
「ねえ、ポール。ちょっと相談があるんだけど」
「どうしたの?」とポールは私を見た。
私がニーナに聞かれるのを躊躇して話し出せないでいるのを察して、ポールは「少し家の中で待っていてくれるかな?」とニーナに言った。
***
ニーナに会話の内容が聞こえないことを確認して、私は本題に入った。
「最近、人間が私のことを『神』と呼ぶようになったでしょ?」そう私はポールに聞いた。
「そうだね。ケイトのことをそう呼ぶ人間は増えたね。僕は、魔王よりは神の方がいいと思うけど」
「冗談はやめてよ。私はそれで困ってるんだから・・・」
「ごめん、ごめん。ケイトは魔王と呼ばれるのも神と呼ばれるのも嫌なんだね。それで?」
「私には神が何なのかよく分からない。人間にとって神って何?」と私は質問した。
「うーん、難しい質問だね。そうだな・・・」とポールは少し考えてから言った。
「人間は強大な力を持つ存在、人間の生死を自由にできるような存在に畏怖の念を持っている。その畏怖の対象が神だ」
「畏怖ね・・・。抽象的で分かりにくいんだけど、具体的には?」
「ある伝説では、敵軍に追い詰められた民を救うために海を二つに割って道を作った。他の伝説では、不治の病を治したり、干ばつの地域に雨を降らしたり、火山の噴火を起こしたり、津波や洪水を起こしたりした。それが神だ」
「へー」
ポールは「誰かに似ていると思わない?」と言うと私を見た。
「私?」
私が自分を指さすと、ポールは頷いた。
「海を真っ二つは試したことないけど、他の4つはやったことあるわね」
「そうだ。人間から見るとケイトは畏怖の対象。つまり神なんだよ」
「神ね・・・。この前まで私のことを魔王って呼んでいたよね?」
「そういうもんだよ。人間にとって理解不能な存在は、大きく二つ」
「二つ?」
「神か悪魔だ。ケイトのことを神という人間もいれば、悪魔という人間もいる。ただそれだけだよ」
「身勝手なものね・・・」私は小さく呟いた。
ポールは話を続けた。
「人間の世界にはたくさんの宗教がある。宗教において神が1人の場合もあれば複数の場合もある。多神教の場合、神の種類は様々だ。良い神もいれば悪い神もいる。人間に害をなす存在として悪魔や邪神を定義している宗教もあるけど、これらは多神教の神に近い存在だ」
「神と悪魔は同じ?」
「僕の解釈だと、神と悪魔は同じ能力を有している存在だと思っている。その中で、人間に味方する存在は神、人間に味方しない存在は悪魔と定義する。要は、人間の味方かどうかで呼び方を変えているだけ。言ってみれば自分勝手な解釈だね」
「へー。じゃあ、私が人間を助けたら神、私が人間を攻撃したら悪魔。そういうこと?」
「そうだね。だから、ケイトのところに来る人たちは、ケイトのことを神という。もちろん、ケイトは魔物にとっても神なんだろうけど。ただそれだけ」
ポールにはぐらかされた気もするのだが、趣旨は理解した。
人間が私を神という理由が何となくわかった。
―― 面倒だな・・・
私は人間との関わり方を決めかねている。
最初のコメントを投稿しよう!