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宗教戦争を回避するためには(ケイトの話)
森の教会の勢力は日に日に拡大していくなか、ついにコードウェル王国とサンダース王国の軍隊が動いた。国教以外の宗教施設は違法だという理由で、森の教会の施設を取り壊すよう迫ってきたのだ。当然のように国軍と信者たちの間で小競り合いが起こった。
信者たちは武装していなかったため、結果は一方的だった。国軍によって捕らえられた信者、攻撃によって負傷した信者が続出した。
私は次々と運び込まれる負傷者の傷を治したのだが、戦闘が継続しているからキリがない。これ以上の被害を防ぐため、私は信者に森の中に避難するように呼び掛けた。すると、大勢の信者が森の中に避難してきた。
ただ、これだけの数の信者が生活する場所は森にはない。
私がポールに相談すると「森の結界を広げたらどうか?」と提案された。
森の近くの村は、ほとんどの住民が森の教会の信者。結界の範囲を広げたとしても、国教の信者にはあまり影響はない。
森の教会の信者の住む場所を確保するためには「その村は森の教会の領土である」と主張すればいい、これがポールの見解だ。
ただ、この案には問題点がある。結界を広げれば私の影響下にある領土が増える。つまり、私には魔物の勢力圏を広げる意図がないのに、コードウェル王国とサンダース王国は魔物が人間の領土を侵略したと見做すだろう。
私は独断で決めることではないと思ったから、森の教会の幹部と魔物の幹部を集めて話し合いをすることにした。
まずポールが結界を広げることによるメリット、コードウェル王国とサンダース王国との関係悪化を併せて説明した。続いて、森の教会の幹部のクリスが自分たちの置かれている立場を説明する。
「現時点では我々は両国の国軍に対して強硬手段を取らず、争いを回避することを優先しています。ただ、国軍から逃げ回ることを良しとしない信者もいますから、将来的には武装して国軍と戦う者も出てくるでしょう。そうすると、戦闘は熾烈なものになります」
「そうよね・・・」
「両国にとって森の教会は邪魔者です。森の教会の信者を国教に改宗できるとは思っていない。だから、邪魔者を排除しようとするはずです。排除する方法として国家が考えるのは、殺害、追放、隔離。結界の拡大は、森の教会の信者が暮らす場所を守るために必要です。森の教会の領域を明確に示し、両国に領土の割譲を認めさせることができるでしょう」
「森の教会が国を創る、そういうこと?」私は趣旨を確認する。
「そうです。我々は国を創りたいのです」とクリスは言った。
私が考えていると、レッドドラゴンのフェルナンドが「その国には我々魔物も含まれるのですか?」と発言した。
「含みません。人間の国と私たちは関係ありませんから」
私がそう答えたらフェルナンドは安心したようだ。信者のために結界を広げることは、魔物にとっては百害あって一利ない。
「我々はケイト様に王になっていただくことを希望していましたが・・・、残念ながら断られてしまいました。ですが、他の信者のためにも、ケイト様には森の教会が国を創るご支援をいただきたいのです!」
そこまでクリスが言うと、ポールが続いて説明をした。
「結界を張って森の教会を両国と隔離した後、僕が両国に交渉にいくよ。そうすれば、宗教戦争が本格的に開始する前に解決することができるからね」
こうして両国との紛争を回避するための交渉がスタートした。
***
私が結界の範囲を拡大してから数カ月が経過した。
結界を広げたことによって、森の教会の信者が暮らす十分なスペースが確保できた。また、両国の国軍は結界内に侵入できないから衝突することもない。
コードウェル王国とサンダース王国の兵隊が結界の周りをウロウロしているのだが、結界の中には入れないから中の様子を窺うことしかできない。
現状は、森の教会がコードウェル王国とサンダース王国の領土の一部を実効支配しているのだが、このまま長期間この状態を保つことは難しい。だから、森の教会の実効支配している地域を独立国として認めるように両国と交渉することになった。
魔王である私が人間の国の王になるのを避けるため、独立国家は共和制(君主を置かない政治体制)の共和国とする。
森の教会から両国への交渉団として、ポール、クリスと幹部数名が選ばれた。両国の反応が分からないし、道中で命を狙われる可能性があるから交渉団は危険な任務だ。
ひょっとすると、ポールと最後の別れになるかもしれない。だから、交渉団が出発する前日、私はポールと話した。
「交渉がうまくいくといいね」
「そうだね。決裂するかもしれないけど、頑張ってくるよ!」
「私もついていこうか?」
「ありがとう。でも大丈夫。これは人間の問題だ。ケイトにこれ以上助けてもらうわけにはいかないよ」
「そうだけど・・・。これがポールと話す最後になるかもしれないと思うと・・・」
ポールは少し考えてから私に言った。
「輪廻って知ってる?」
「知らない。急にどうしたの?」
「ある宗教における死生観なんだけど、人間は何度でも生まれ変わるらしい。その現象を輪廻という」
「へぇ、輪廻ね・・・」
「だから、もし僕が死んでしまっても心配しないでいいよ。生まれ変わってケイトに会いにくるから」
「輪廻が本当にあったとしても、生まれ変わったポールは私のことを分からないでしょ?」
「いや、分かるよ。だって、ケイトの周りにはいつも動物がいるからね。発見しやすい!」
「それバカにしてない?」
「してない、してない」
「二回続けて言うところが怪しいわね?」
「してないって!」
「まあいいわ。ポールが生まれ変わって私に会いに来るとしましょう。そのとき、ポールは私のことが分かる。でも、私は会いに来たのがポールかどうか分からない。そう思わない?」
「鋭いところを突いてくるね。確かにそうだ。証拠が無い・・・」
「でしょ。だから、これを持って行って」
私はそう言うと、ポールに首飾りを渡した。ポールから貰った鳥の羽の細工がある首飾りだ。
「これは、僕がケイトにあげた首飾りだよね?」
「そうよ、ポールにしか作れない首飾り。これを持ってきたらポールだって信じるわ」
「たしかに、この首飾りを作れるのは僕だけだ。でもさ、死んだら首飾りがどこかにいってしまうよね?」
「失くしたら死んだ場所を探せばいい。もしくは、同じのを作れば? 手先だけは器用なんでしょ?」
「よく覚えていたね。そう、僕は手先だけは器用だ!」
次の日、ポールたち交渉団はコードウェル王国との交渉のために旅立った。
私はポールの無事を祈った。
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