王女の帰還(アリスの話)

1/1
前へ
/27ページ
次へ

王女の帰還(アリスの話)

 しばらくグレコと話していたら、遠くから「マリー、マリー」と呼ぶ女性の声が聞こえた。どこかで聞いたことがある声だが思い出せない。誰の声だったかな?  私が声の主を思い出そうとしていたら、一匹の猫がやってきた。手配書の猫と特徴が似ているからクリスティ王女の猫だと思う。  猫は私の前に立ったまま微動だにしない。私に対する猫の態度が昼間とは明らかに違う。怖いのかな? 「おいで!」と手を出すと、猫は私の手の中に飛び込んだ。  猫を撫でていたら遠くから「きゃー、きゃー」と声が聞こえてきた。私は声の主を思い出した。クリスティ王女だ。  東の森で魔物に遭遇して驚いているようだが、何をしにきたのだろうか?  私が猫を抱いたまま声の方へ向かうと、そこにはクリスティ王女を取り囲むように魔物たちが見えた。魔物たちはクリスティ王女を攻撃しようとしているわけではない。夜中に騒ぎ立てる迷惑な少女を見物しているだけだ。  人だかり、ならぬ魔物だかり、とでも言うべきだろうか?  私がその集団に近づいたら、魔物たちは私の進路を邪魔しないように後ずさった。私は集団の中心にいるクリスティ王女に近づいて尋ねた。 「クリスティ王女、こんな夜中にどうされたのですか?」 「アリス。まっ、マリーがこっちに走っていったから。あっ、後をついてきたの・・・」  クリスティ王女は魔物に遭遇して混乱している。そのせいか、何を言っているのか分からない。  マリーは王女の猫の名前だ。私に捜索を依頼しながらも、マリーのことが心配だから自分でも捜しにきたのだろうか?  クリスティ王女は猫を探してこの森に迷い込んだ。そいうことだろう、と私は推測した。 「この猫のことですか?」 「ええ、そうよ。マリー、おいで!」  クリスティ王女はマリーを呼んだが、当のマリーは私の腕を離れようとしない。私はクリスティ王女に近づいてマリーを手渡そうとするのだが、それでもマリーは私の腕にしがみついている。  私がマリーをクリスティ王女に渡す方法を考えていたら、グレコが言った。 「この猫は周りにいる彼ら(魔物)が怖いのです」 「ああ、そういうこと。じゃあ、森を出ればマリーは私から離れるわね」  私とグレコの会話を聞いたクリスティ王女は「オークが喋った・・・」と驚いている。 「クリスティ王女、こちらはオーク族の長のグレコです。グレコは上位種のオークジェネラルなので人間の言葉を話せます」 「そうなの・・・」  クリスティ王女は恐怖と緊張で混乱しているように見える。一人でこの森から出るのは難しいだろうから、私はグレコに「クリスティ王女を送っていくわ」と伝えて森を出ることにした。 「リードが森に来ていましたから、城まで送ってもらったらどうですか?」とグレコは私に提案する。  ワイバーンなら早くハース城に着けそうだ。でも、ワイバーンで城まで行ってもいいのだろうか?  私の一存では何とも言えないから、クリスティ王女に確認することにした。 「クリスティ王女、リードにハース城まで送ってもらってもいいですか?」 「よくってよ」  クリスティ王女は疲れた様子で答えた。どうでもよさそうだ。  クリスティ王女の許可が下りたので、さっきの要領でリードをイメージして私のところにくるように念じた。すると、すぐにリードがやってきた。 “バッサー バッサー”  リードの翼から生じる風で森の木々が揺れている。周囲の魔物もワイバーンの出現に驚いている。クリスティ王女も何事かと私の後ろに隠れながら見ている。 「リード、久しぶり。元気だった?」  私がそういうと、リードは頷いた。 「ハース城まで乗せていってほしいの。いいかしら?」 「もちろんです。さあ、ここから登ってください」  私がリードの身体に登ろうとすると、後ろに隠れていたクリスティ王女が焦って私に確認する。 「これがリード? ワイバーンじゃないの?」 「そうですよ」 「これでハース城に行くの?」 「ええ、クリスティ王女がいいとおっしゃいましたから」  私が笑顔で答えると、クリスティ王女は黙ってしまった。 ―― 嫌だったかな?  しばらく黙っていたクリスティ王女は諦めてリードの背中に上った。  私たちがリードの背中に乗ると「飛び立っても大丈夫ですか?」とリードが確認した。  私が「大丈夫よ」というとリードは一気に上昇した。眼下には東の森が見える。少し先に光っている地域が見えた。ハース王国の城下の灯りだ。その光の中で一際大きい建造物が目的地のハース城。  リードは暗闇の中を飛行している。上空からの視界は極めて良好だ。眼下に広がる家の明かりで街並みがはっきり見える。一方、地上から上空はほとんど見えないはずだから、リード(ワイバーン)が上空を飛んでいても騒ぎにならないだろう。  私は初めての空の旅を楽しんだ。上空からの景色は、当然ながら地上からの景色とは違う。上空からはいろんな人が見えた。  通りで口論になっている男性グループ、酒場で酔っぱらって喧嘩したのだろうか?  仲良く手をつないで歩く老夫婦、レストランで外食して家に帰る途中だろうか?  走っていく子供たち、前を見ないとあぶないよ!  あの人たちには、私とは違う人生があるのだ。普段と変わらないはずだけど、上空からだと違った街に思えた。  私は眼下に広がる町の景色を楽しんでいたのだが、後ろを振り返ったらクリスティ王女は目を瞑ったままだった。下を見るのが怖いのかもしれない。目を瞑ったまま私の服を引っ張っている。同じく猫のマリーも微動だにしない。  クリスティ王女の胸元には鳥の羽の細工のある首飾りが見えた。  私が知っている首飾りによく似たデザインだ。どこで見たのだろう。  思い出せない・・・ ***  しばらく飛行したリードはハース城の上空に到着し「そこの広場に着陸します」と言って下降した。 “バッサー バッサー”  リードが上空から降りていくと轟音とともに強風が城内に吹き荒れた。何事かと城の中から衛兵が数人か出てきた。衛兵たちは急に現れたワイバーンを見て騒いでいる。 「ワイバーンの襲撃だ!」 「応援を呼べ!」 「盾を持て!」 「弓矢はどこだ?」 ―― 完全にパニックだ・・・  衛兵に攻撃されると困る。だから、私は「私はアリス・フィッシャー女男爵です。クリスティ王女を城までお連れしました」と衛兵に伝えた。 「クリスティ王女? おお、クリスティ王女だ!」  私とクリスティ王女はリードの背中から広場に降り立った。  私がリードに「ありがとう」とお礼を言うと、リードは「お気をつけて」と言って上空へ飛び去っていった。  そこへカール王子がやってきた。城内の騒ぎを聞き付けたのだろう。 「アリス、空を飛んできたの?」 「飛んできました。空の散歩は楽しかったですよ」 「いいなー。次は僕も乗せてよ」 「ええ、もちろんです」  次に、カール王子はクリスティ王女に「空からの景色はどうだった?」と話しかけた。クリスティ王女は楽しそうにカール王子に空から見た町の様子を話している。  クリスティ王女は目を閉じていたから見えていなかったはず。だけど、クリスティ王女が嬉しそうだから内緒にしておこう。 ―― クリスティ王女はカール王子が大好きなんだな・・・  私はカール王子とクリスティ王女に挨拶をして、ハース城から自宅に戻った。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

38人が本棚に入れています
本棚に追加