東の森の警備責任者に任ずる!(アリスの話)

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東の森の警備責任者に任ずる!(アリスの話)

 その日の王城の食堂。クリスティは東の森での出来事を思い出しながら、国王、王妃と二人の兄(王子)と遅めの夕食を採っている。  アリスに嘘の猫探しをさせて嫌がらせしようとしたが失敗した。それよりもクリスティは気になることがあった。アリスはクリスティの知っている者に似ているのだ。 ―― アリスの能力は危険ではないのか?  東の森の魔物たちはアリスに従っていた。狂暴なオークジェネラルやワイバーンでさえ、アリスの忠実な部下のようだった。あの者にそっくりだ。  もし、アリスが魔物たちを先導して攻めてくれば、ハース王国に甚大は被害が出る。  アリスがハース王国に危害を加えるようには見えないが、何か対策をとっておくべきだ。 ―― アリスを幽閉するのはどうだろう?  アリスはつい先日手柄を立てたところだし、今のところ何の罪も犯していない。王女であるクリスティが国王に進言しても、反乱の証拠がなく幽閉するのは難しいだろう。アリスを貶めるための証拠が必要だ。 ―― アリスと魔物たちを引き離せないか?  魔物がアリスの近くにいなければ、ハース王国を攻めることはできない。  ただ、クリスティはアリスが東の森でワイバーンを呼び寄せていたのを目の当たりにした。もし、アリスが魔物を呼び寄せる能力を有しているのだとしたら、アリスを東の森の魔物たちと引き離しても意味はない。  それならば・・・ ―― アリスを東の森に隔離するのはどうだろう?  アリスに東の森の警備を命じれば、城内や町から遠ざけることができる。部下に見張らせておけばアリスを常に監視できる。怪しい動きがあれば直ぐに分かるし、それに、部下に魔物と小競り合いを起こさせれば、アリスに責任を擦り付けてハース王国から追放できるかもしれない。  アリスを魔物たちと接触させることは危険だが、他の案よりも現実的だ。  クリスティは早速国王に提案することにした。 「お父様、今日、私が東の森に迷い込んだところをアリスに助けてもらったのです」 「アリスとは今日爵位を与えた、アリス・フィッシャーのことか?」 「そうです。魔物たちはアリスの言うことは聞くようですから、アリスに東の森の警備を命じてはどうでしょう?」 「東の森の警備か。不可侵条約のこともあるから、人間と魔物の間で争いが起こるのは避けたい。アリスに東の森の警備を命じるのはいいかもしれないな」 「お父様、そうでしょう」 「分かった、手配しよう」 ***  ここ数日、カール王子に朝5時に起こされたから今日も朝の5時に起きてしまった。いつものようにベッドに寝そべる犬と猫を避けながら窓の方へ進む。  寝室の空気を入れ替えようと、私は窓のカーテンを開けた。 ―― えぇ? 今日もいるの?  窓の外にはカール王子がいた。ゴブリンのホルトと何やら楽しそうに談笑している。  私はそっとカーテンを閉めて、二度寝のためにベッドに戻ることにする。 「アリスー。こっち見たよね? なんでカーテンを閉めるのかな?」  カール王子に気付かれた。私はしかたなく寝巻のまま家の外に出た。 「どうしましたか?」 「アリスに王命が出たから知らせに来たんだ」 ―― 嫌な予感しかしない・・・  私はそう思ったが、カール王子に確かめることにした。 「王命ですか?」 「そうだよ。東の森の警備責任者に任命されたんだ」 「警備責任者ですか? 私は普通の女の子ですよ」 「腕力は必要ないよ。簡単に言うと、魔物と人間が揉めないように調整する係だね。任命書を渡すから、今日からよろしくね!」  カール王子はそういうと私に書面を渡して去っていった。 “アリス・フィッシャー女男爵 東の森の警備責任者に任ずる” ***  二度寝した私は東の森へ向かった。ゴブリンのホルトと一緒だ。  街中をホルトと一緒に歩いていたのだが、他にもたくさんの動物がついてくるから町の人たちはホルトがいるのを気にしていない。  東の森に着いた私は、まずグレコのところへ行った。 「昨日はありがとう。助かったわ」と私がグレコに言うと、グレコは「今日はどうしましたか?」と私に聞いた。 「王命で私が警備責任者になったの。人間と他の種族が揉めないように調整する係らしいのだけれど、具体的な任務の内容はないのよね」 「調整係ですか。侵入した人間が不用意に森を荒らしたりするケースもありますから、確かに調整係は必要かもしれません。何から始めるつもりですか?」 「そうね・・・。私は、人間と他の種族が揉める原因は、双方が意思疎通を取れないことによるものだと思うの」 「意思疎通ですか。例えば、魔物が人間の言葉を話すことができれば問題は解決するのでしょうか?」 「そう、それよ! 魔物と人間が互いに意思を伝えることができない。だから、武力行使にでると思うの。森を荒らしている人間に対して口頭で注意すればいいだけなのに、武力で排除しようとするから紛争が起きる」 「たしかに。注意すれば済むことも多いですね」 「そうよね。あとは、人間と交易できるような産業があればいいわね。例えば、農作物を森で作って人間の町へ売りに行く、売った代金で魔物が必要な製品を人間から買う。そうすると、自然に交流ができるわ」 「いい案です。私たちの生活も安定します」 「じゃあ決まり。学校と農園を作りましょう!」 ***  私たちは役割分担して学校と農園作りに取り掛かった。  まず、魔物に人間の言葉を教える先生はオークジェネラルのグレコにお願いした。ゴブリンのホルトも人間の言葉を話せるのだが、片言なので心もとない。先生は発音重視だ。  学校では人間との会話で最低限必要な言葉に限定して教えている。『こんにちは』、『危ない!』などの単語だけであれば時間は掛らない。  次に、農園作りについては私の父に指導員をお願いした。私の父はハース王国周辺の農作物に詳しい。ゴブリンのホルトに通訳を依頼して、栽培方法を魔物たちに教える。  無計画に森を開拓してしまうと魔物や動物の住環境に影響するため、原木栽培が可能なキノコ類、ハーブや果物など、森を破壊せずに栽培可能な農作物の栽培を優先することにした。 ***  私が東の森に赴任してから3日が経過した。私が見回りをしていたら、遠くからシルバーウルフのフィリップが「誰かが会いにきました」と駆けてきた。私がフィリップの案内で向かうと、岩場に腰掛けたカール王子が見えた。 「こんなところに、どうしたのですか?」と私はカール王子に話しかけた。 「アリスの様子を見にきたんだよ。それにしても、びっくりした。魔物が僕に話しかけてきたからね」 「学校を作って、そこで人間の言葉を教えているんです。意思疎通ができれば争いごとが減りますから」 「へー、学校かー。面白いこと考えたね。他には何かしているの?」 「あとは農作物の栽培ですかね。魔物の食料を安定的に確保して、余剰分は人間に売る予定です。そうすれば、人間と魔物の交流が増えますし、人間から商品を購入することで、魔物の生活を向上することができます」 「いい案だと思うよ。とりあえず、農作物についてはハース王国で買取るように手配しておくよ。いきなり魔物が市場に持っていっても、お客さんがびっくりするだろうから」 「ありがとうございます!」  カール王子に「何か必要なものはある?」と聞かれたから、私は携帯型写真機(カメラ)を依頼した。人間が森に侵入した時に証拠とするためだ。  後日届いたカメラは、人間の犯罪の証拠を掴むために魔物の自衛団に配った。 ―― 人間と魔物の交流がうまくいくといいな・・・  私はそう願った。
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