魔王じゃないのか?

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魔王じゃないのか?

 次の日の朝、東の森の周りを数十名のハース王国の兵士が取り囲んでいた。兵士は武装しているものの、攻撃を仕掛けてくる様子はない。ただ、森の中に入らずに中の様子を窺っているだけだ。  どういう対応をすればいいか迷ったグレコは、私に念話で連絡してきた。 「アリス様、ハース王国の兵士が東の森を取り囲んでいます。どうしましょう?」 「兵士が? ハース王国と東の森の間に不可侵条約があることを分かっていないのかしら?」 「不可侵条約の件を知っているかは分かりませんが、ただ立っているだけです。攻撃する気配はなくて、森の中にも入ってきません。兵士の目的が何か分かりませんし、ただ立っているだけの兵士を追い返してもいいものなのか・・・」 「そうね。私も今から森に行くから、一緒に状況を確認しましょう」  私はすぐに森の入り口から少し離れた場所に転移した。私が転移魔法を使っているのを兵士に見つかると面倒だからだ。私はグレコと落ち合って、一緒に兵士のところへ向かった。  私は森の前に立っている兵士たちに要件を尋ねた。 「私はこの森の警備責任者のアリス・フィッシャーです。どうしましたか?」  魔物たちと睨み合いになっている状況から解放されると思ったのか、一人の兵士が私の質問に対して答えた。 「実は『魔物に子供が誘拐された』と情報が入ったのです。不可侵条約があるため東の森にむやみに立ち入ることができないものの、事実確認のために立入を許可していただきたいのです」  私は状況を理解したものの、このまま兵士を東の森に入れてしまうには抵抗がある。何をきっかけにしていざこざが起きるか分からない。私は少し考えたうえで兵士にこう提案した。 「無制限に立ち入りを認めてしまうと、争いごとが起きる可能性があります。魔物の自衛団があなたたちに同行することで立入可能かを聞いてみましょう。それでいいですか?」  すると、後ろから責任者らしき兵士が出てきて「分かりました。それで結構です」と私に言った。  私は森の中に戻って、魔物の自衛団と交渉しているフリをした。本当は私が決めればいいだけだが、私は人間と魔物の両方の立場があるから、そういう体(てい)で対応する。  私はグレコに自衛団を10名集めるように指示し、兵隊に同行して変な動きをしないかを見張るように伝えた。  自衛団を待っている間、私は兵士の責任者に子供の持ち物を持っていないかを尋ねた。 「子供の持ち物ですか? そんなものをどうされるのですか?」とその責任者は私に質問した。 「魔物の中には嗅覚に優れた種族がいます。子供の匂いを辿れば、直ぐに居場所が分かるはずです。あなたたちの捜査の手間も省けますよね?」 「そういうことですか」  責任者は兵士たちが待機する場所から小さな帽子を持ってきた。森の入り口に落ちていたらしい。  私はシルバーウルフのフィリップを呼んだ。  フィリップは私のところへ走ってくると、嬉しそうにじゃれ始めた。遊んであげたいところだが、今は捜査が優先だ。 「この子供の匂いを辿れるかしら?」私はフィリップに確認する。 「問題ありません。直ぐに探してきます」フィリップはそう言うと、私の元を去っていった。  兵士の責任者は驚いたように「いま、シルバーウルフと喋っていませんでしたか?」と私に尋ねる。 「ええ。この森の魔物はほとんどが人間の言葉を理解しています。あなたたちも意思疎通できますよ」と私は答えた。  しばらく待っていると森の自衛団10名がやってきた。私は自衛団に状況を説明するとともに、フィリップが先に捜索に出ていることを伝えた。  ハース王国の兵士と森の自衛団が捜索に入ろうとしたら、フィリップから「見つかりました」と念話で連絡があった。私たちはフィリップが伝えてきた場所に向けて走りだした。 「はあ、はあ。普段走らないから疲れるわね」私は隣で走るグレコに言う。 「私に乗っていきますか?」 「いや、いい。みんな走っているのに、私だけセコしちゃいけない」  魔法は便利だが、もう少し体力をつけておく必要があることを私は悟った。明日から、ジョギングしようかな・・・  しばらく走るとフィリップが子供を見つけた場所に辿り着いた。  ハース王国の兵士と森の自衛団は平気な顔をしている。日々のトレーニングの賜物だ。私一人がバテバテ。少し恥ずかしい。兵士にバレないように魔法を使えばよかったかな?  男の子は切り立った崖の下に倒れていた。私はフィリップに男の子の状態を尋ねる。 「どう? 大丈夫そう?」 「息はあります。でも、意識はありません。それと、かなり深い外傷があります。きっと、その崖から落ちたのでしょう」  フィリップはそういうと、横の切り立った崖を顔で示した。  崖は5メートルほどあり子供が落ちると命に関わる高さだ。  私は男の子に近づき傷の具合を確認すると、手足が変な方向に曲がっていた。崖から落ちて骨折したのだ。また、頭部からも血が出ている。どう見ても一刻を争う事態だ。  早く回復魔法で男の子を助けないといけないのだが、ここは人が多すぎる。魔物はともかく、兵士に見られないようにして回復魔法を使わないといけない。 「少しの間でいいのだけど、あっちを向いておいてもらえるかしら」  私は兵士たちに向かって、男の子がいる場所とは逆方向を指し示した。 「なぜですか?」  兵士の責任者は私の発言の意図が分からない。私の説明不足だから当然だ。 「この子の命が危ないから助けるのよ。早く!」  私は兵士たちが逆方向を見たのを確認してから男の子に回復魔法を使った。すると、男の子の骨折と頭部の傷が治った。  男の子の命は助かったから、私は「もういいわよ」と兵士たちに言った。  手足の骨折と傷が完治した男の子を見た兵士たちは口々に「どうやって?」「奇跡だ!」などと囁き合っている。しばらく兵士たちが話を続けていると、兵士の中に「魔王じゃないのか?」と言う者が出てきた。 「俺、ばあちゃんに聞いたことがあるんだ。強大な力を持つ魔王は敵対する国を滅ぼしたけど、中には魔王を神として崇める人間がいたそうだ。魔王に頼めばどんな傷でも治ったらしい」 「俺のじいちゃんは「魔王は死んだ」と言ってたぞ」  私は兵士たちの会話を気にしながらも、私は負傷した経緯を確認するため、目を覚ました少年に話しかけた。 「大丈夫? 何があったの?」 「うぅっ・・・」少年の意識はまだはっきりとしていない。 「大丈夫?」 「はい。あそこの木になっている果物を採ろうとして」 「崖から落ちたのね?」 「うん。魔物に誘拐されたって人がいたらしいけど、それは本当?」 「顔見知りのゴブリンに果物の場所を教えてもらったんだ。誘拐じゃないよ」 「そう。とにかく無事で良かったわ」  少年の証言によって、この件は魔物の誘拐ではないことが明らかになった。  その後、ハース王国の兵士たちは少年を担いで東の森から出ていった。  それにしても、兵士の反応は既視感のある光景だった。 ―― 懲りたはずだったのに・・・  私は昔と同じことが起きないことを祈った。
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