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女性は猟銃を引っ掴み、表へと飛び出した。ミラも後に続くと同時に、訝しむ。こんな物々しい気配、まさか……。
「アンタたち……何しに来た?」
猟銃を構えて、女性が村人たちに問う。
鋭い眼差し、強く硬い声に気圧されたのか。松明の群れが僅かに退いた。
……彼らが携えているのは、松明だけではなかった。
鋤、鍬、松明、猟銃……皆、何らかの得物を携えてきている。
村人たちの中から一人が進み出て来た。
誰も彼も薄汚れた衣服で、疲れた表情の中にギラついた眼光の村人たち。
その中で男だけが清潔な背広上下を着こなしている。顔の皮に貼り付いた微笑、眼鏡の下の視線は無機質そのもの
女性の柳眉がキッと逆立つ。
「ボロ小屋に女と子供を押し込めておいて、今度はなんだい」
「それ以上はいけない。村の皆さんも辛い立場なのですよ」
「ハッ、管理官様のお出ましかい、小奇麗そうで何よりだよ。……村長はどうした」
「ヨランさんこそお元気そうで何より……二日前とえらい違いですね? ひょっとして息子さんに何かありましたか?」
「アンタが息子の事を口にするな。……既に治療してもらったよ、残念だったねえ」
「……ほう」
鼻を鳴らすヨラン、管理官の眉が僅かに上がる。
「もうこんな所に押し込められる理由は無くなった訳だ。だからアタシ達は」
「それでは困るんですよ」
「……なんだって?」
今度はヨランが虚を突かれたように固まる。
このクサレ眼鏡……なんと宣った?
「計画に支障が出る、と申し上げたのです。この村を活性化するために、ミアズマ実験は必要だった。それが非常にデリケートな仕様でしてね、貴方達一家はそのための聖なる、美しい犠牲……いや祝福というべきか。しかししかししかし! 横槍が入った今、アンファン君は意味のない失敗作です。ですから、備えあれば憂いなし。村人たちの皆さんに協力してもらって焼きます。即ち不要な命、処分待ちのゴミという事です」
淡々と告げる管理官の表情は先程から何一つ変わっていない。
それよりも、実験……実験と?
「アンタ……正気か?」
「私の意志などミアズマの意志に比べれば些末な事。それよりもあーっと村長の話でしたっけ? そうですねえ、村人に配慮を忘れず、親身な素晴らしい御方であるが故に気苦労も多かったでしょう。だから休暇を与えました」
一切の温度が感じられない声。ヨランの手に力が籠り、銃を構え直す。
目の前にいる男は、人の形をしているだけの、得体のしれない”もの”だ。
それが、一歩、近づいてきた。
「とりあえず……その物騒なものをしまって、道を開けて頂けると助かります」
「ち、近寄るな!」
「ヨランさん……どうかご理解ください。平和とは一方的な物なのですよ」
「あのォ~……ちょっとよろしいでしょうか?」
それは、あまりにも場違いな、間の抜けた声だった。
制服姿の少女がヘラヘラ笑いながら、二人の間に割って入った。
「え……ミラ?」
するりとした、自然な動作にヨランも管理官も、呆気にとられた。
位置取りこそヨランに寄り添い、庇える場所だが……。村人たちも僅かにざわついている。
「あなたは……誰です?」
「旅のお医者さんでーす……あのですね、お医者さんは患者さんの治療がお仕事でして。それでですね、アンファン君は一応治まったし、都なりなんなり、治療施設に連れてってあげなければならないんですけど、ここでもたついてたら列車の時間に遅れちゃうんで……あたしたちはこれにてお暇しまーす。ちなみに今の話は誰にも言わないんで」
「お待ちなさい」
管理官の眼鏡が光る。村人たちの包囲が狭まる。
「それを許すと思いますか? 今の話の流れで?」
「ですよねー」
えへへと笑うミラの調子は妙に明るく、ヨランの思考は、管理官や村人たちから少女医師に釘付けになっていた。
この娘、何かがおかしい。頭のネジが外れているような……。
「解っているなら話が早い。残念ですが君も……」
「もう一ついいっスか?」
「……なんです?」
「命に必要不要なんてない」
断言とともに、ヘラヘラ笑いは淡雪と消え去った。
ヨランも村人も、管理官すらも瞠目する。
今の彼女の顔は、研ぎ澄まされた手術刀。
悪疾の跋扈を許さず、断固取り除かんとする意志の輝き。
そしてヨランにのみ告げられた言葉、それは精霊の囁きに聞こえた。
「アンファン君をここへ。決して離さないで」
小さく頷くや、ヨランは身を翻し、小屋へと走る。
一人立つミラへ、管理官が溜息をつく。
「大層な言葉で英雄でも気取るおつもりか? 子供は大人しく大人の決定を受け入れていればいいものを……皆さん!」
管理官と入れ替わり、村人たちが進み出て来た。
少女を飲み込まんと黒く蟠る様は、押し寄せる寸前で堰き止められている津波を思わせる。
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