最果ての地

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 一陣の風が、草原を吹き抜けていく。  いつの間に流れて来たのか、黒雲が夜空を覆い隠している。  星が見えなくなり、闇が訪れても、ヨランの目は、一連の出来事を余さず捉えていた。  大男が力任せの突進に乗せて繰り出した突きを、ミラは早めに躱そうとしなかった。ギリギリ、それこそ触れるか触れないかの所まで引きつけ、すれすれのところで僅かに身をずらす。最小の動きで男の切先は空しく宙を切るだけに終わり、ミラはそのまま懐に入り込むや、相手の身体を掴み、溜め込んだ全身の膂力を爆発させて、背負うようにして捻りを加えて投げた。  体格差を考えれば、少女の力だけでは不可能でも、流れに逆らわず、大男の膂力を征し、流れに乗ることができれば決してありえない事ではない。 「これでも”看護”ですので。……ヨランさん」 「なんだい?」 「連絡手段はありますか? さっきは看護院へ向かうって言いましたけど一刻も早く治してあげたい。設備が術者があるなら近隣の町でも構いません」 「下にあるはずだけど使えるかどうか……」 「わかりました。……皆さん!」  ふいに呼び掛けられて、村人たちの視線がミラへと集中する。  ミラは村人たちへと向け、一拍置くと、深々と頭を下げた。 「この人は死んではいません。それに、私は皆さんを傷つけるつもりはありません。アンファン君を治したいだけ……」  再び頭を上げる。その瞳に、一点の曇りもない。 「お願いします。ここを、通らせてください」  村人たちがどよめく。 「そ、それは……」 「本当に治るのか?」 「しかし管理官様が……」 「お待ちなさい」  よく通る声は、おののく村人たちの向こう側から届いた。  どよめきはなく、黒い群れが割れた。  声の主が一歩進むごとに、人々は分かたれてゆく。  さながら、聖者の奇跡。  奇妙な現象はそれだけではなかった。  村人たちと、その者を隔てる様に、紫電が流れては消えてゆく。  ミラの意識は、現れた者――少年へと吸い込まれた。  伏し目、長い睫毛、瞳に煌めくはフラメスの光。  三つ編みにした髪は柔らかく、清流を思わせるきめの細かさ。  黒を基調に、金の紋様をあしらった礼服。しっとりとした艶の外套も都の最高級品であろう。全身に纏い、踊る紫電は、さながら竜の如し。フラメスの力が彼の魂に呼応し、繊細なる雷となって猛り上げている。  そう、雷だ。大気と雷を素に、神の技術と魂を込めて、人を創造したらこうなるであろう、美しい少年が、ミラの目の前に立った。 「……主よ、フラメスの光よ。三つの魂に憐みを。彼らに祈りの時をお与えください」
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