最果ての地

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「け、結婚……!? こんな時に何言ってんだい! それともあいつを油断させるための策か!?」 「だ、だってビビッと来ちゃったんだもん! こんなの初めてだし、これが一目ぼれって奴だと思うし! というわけで騎士様ッ、結婚してくださいッ!」  ミラから、先程までの凛々しさは消え失せていた。今、ヨランの、そして構える騎士の目前には、ひたすらにはしゃぐ少女。  これが本当に、先程まで命を救わんとしていた医師の姿なのだろうか? 「……使命を果たす前に二つ、言っておくことがあります」  少年が口を開いた。  空気が爆ぜる音すら凍らせる声色。  呼応するかのように、刀身からは紫電が溢れ出す。  切っ先が、ゆらりと空を切る。蛇が鎌首をもたげる様に似ていた。 「私もキミを見た時から感じていた……どうしようもない肌のざらつき、さながら氷の棘に摩られる感触。君は私の敵です。そしてもう一つ」 「敵ですか!? ちょ、ちょっと待っ……」    少女がわちゃわちゃと右腕やら左腕やらをいじりまくる。その奇態を刃の視線で見据えたまま、少年の周囲、弧を描く無数の紫電は剣に収束していく。  それは天に立ち昇る、一条の雷、人ならざる理の具現……。 「結婚を考えるなら、まずは文通から始めた方がよろしいかと思われます」  大上段から、一気に振り下ろす!  天を、地を、人を震わす雷咆は、光より数瞬遅れて草原を駆け抜けた。村人たちは目を閉じて耳を塞ぎ、蹲るしか術はなかった。  少年の細腕とはいえ、全身に循環させたフラメスは肉体強化の功を成し、その剣撃は落雷と同じか、それ以上の威力となってミラとヨラン親子へと叩きつけられた。局地的な衝撃より生じた烈風が、村人たちへと吹き付け、内数名は転倒し、連鎖的に被害を拡大させた。  生じた熱が、周囲の草むらを炭へと変えている。 「……」  光の暴力が収束し、音の蹂躙はとっくに去っていた。  少年騎士の瞳は白煙たちこめる爆心地を映したまま、微動だにしない。   「やっぱり……いきなりは無理かあ」    飄々とした、それは確かに少女の声だった。  潮香る微風が煙をさらい、手甲を構えたミラと、ヨラン親子の姿が現れる。彼女たちを覆うのは、花の蕾。淡く輝く光壁は、裁きの一撃を遮り、彼女達に毛ほどの傷も許さなかった。 「テミスティア・防護態勢……」 「一回目はアンファン、今度はアタシ達……またアンタの”奇跡”に命を救われたね。ありがとう」 「ヨランさん」  少女が断ち切るように名前を呼んだ。合わせて、花びらが散ってゆく。  彼女の顔は笑っている、そのこめかみを汗が一滴、伝う。  無理やり笑っていた。 「”奇跡”はあと一回……カートリッジ一個分です」 「一個……!?」 「それなりに持ってきたんですけど、旅の途中で使っちゃって……」  手甲の側部が開き、薄く、長方形の小箱が飛び出す。ヨランは、今日何度目か、全身から血が引くあの感覚を味わった。  海の彼方から、獣の鳴き声が響いてきた。
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