2人が本棚に入れています
本棚に追加
多神は、鏡の中の屋敷内で行方不明になっていた子どもたちを発見した。
それから先に遣わされ消えた同僚も。
皆心身ともに衰弱していたが、まだ生きていた。
相対したあのカクレオニは、正直それほど強いとは思わなかった。
それとも何か、逃げ出した所を見るに奥の手でも隠し持っているのか。
「違うんです、あのカクレオニに攻撃したらダメなんです」
敵と対峙した同僚の言葉に、多神は耳を傾ける。
「どーういうことだ?」
「あのオニ、誰の姿をしていましたか」
「しんちゃん」
「しん……神堂退鬼師ですね。あのオニへの攻撃は全部、あの鬼が化けた姿の本人が負うことになります』
「は……?」
多神は絶句した。
その言葉が真実なら、先程多神は、カクレオニが化けた神堂を吹っ飛ばした。
だからつまり、現実にいる神堂を傷つけたことになる。
「先遣班の三人が負傷したのは、俺のせいです」
暗く沈んだ声が懺悔する告白に、瞠目した多神は息を呑む。
オニを相手にしているつもりで、彼らは、自覚のないまま同士討ちさせられていたのだ。
なんて悪質なオニだ。
「いや、待て、……おかしいだろ。カクレオニに、そんな能力があったか……?」
「わかりません、この鏡の空間といい、新種のオニの可能性も……」
脱出経路を探して、再び次女の部屋へ戻ってきた多神は、ふいにハッと後ろを振り返る。
「しんちゃん……?」
おのれの足元から伸びる影がゆらりと揺れる。
そこから流れてくるかすかな霊力。
「多神退鬼師……!」
警告に多神が身構えた直後、再び神堂に化けたカクレオニが姿を見せた。
「一緒ニ、遊ンデヨ」
気のせいだろうがどこか血相を変えた様子のオニが、すらりと神堂と同じ遊具を手に多神に襲い掛かってくる。
「子どもたちを頼む!」
そう背後に叫んで彼らを庇うように、とっさにおのれの遊具でオニの一撃を受け止めるが、多神は反撃できない。
姿は化けられても、相手の能力まで写すわけではないことはもう分かっている。
相手の能力はそこまで高くない、だからこそやりにくい。
「くそっ、どうしろってんだよ……!」
傷付けずに捕縛なんてできるか、だが生け捕りして引き渡そうにも、まずはこの鏡の中から脱出しないと話にならない。
行方不明だった者たちは全員見つけ出した、この空間にはもう用はない。
だから後は、このカクレオニを退けて、ここから脱出するだけなのだが。
オニへの攻撃が全て神堂の負傷に繋がるとなると、オニへの勝利は神堂の死と同義になるのではないか。
オニを退けないといけないのに、これでは何も手出しできない。
「多神ッ……!!」
突如空間に響いた声の方へ、多神は顔を向ける。
部屋にあった割れていない鏡の表面が光ったかと思えば、影を纏い黒い鬼面を被った神堂が勢いよく飛び出してきた。
多神は渾身の力でオニを押しのけ、後退する。
「しんちゃん!」
「無事ですね、多神……!?」
驚愕の表情を浮かべるおのれと同じ顔をしたカクレオニを見て、神堂は鬼面の下で眉をひそめた。
「……なるほど、やはりカクレオニでしたか」
オニを威嚇するようにうごめく影で牽制する神堂に、多神は短く告げる。
「しんちゃん……影で俺を辿ったのか?」
「そんなところです」
オニに鏡の中へ引きずり込まれたのは不可抗力とはいえ、手間をかけてしまった。
「そうだ、しんちゃん、その、怪我とかは……」
「あぁ、不可避の攻撃を受けましたね」
なんてことはないよう淡々と告げる神堂に、多神は視線を落とした。
「ごめん……それ、俺のせいだ」
どういう意味ですと首を傾げた神堂に、多神は説明する。
からくりはわからないが、この空間でカクレオニへの攻撃が、化けた姿の相手の負傷に繋がること。
「……行方不明者たちはとりあえず全員無事だ。だから後は、退けて脱出」
「なるほど」
背後に庇う子どもたちをちらりと見てから、よく分かりました、と呟いた神堂は満足気に頷いて、上出来だ、と誉めるように多神の肩を叩いた。
神堂の考えが間違っていなければ、勝機はある。
「多神、作戦を」
神堂の耳打ちに多神は頷く。
神堂の言うことならば間違いない、多神は信じて実行するのみ。
「ネェ、一緒ニ、遊ンデクレル?」
牽制していたカクレオニと黒い鬼面を被った神堂が対峙した。
「えぇ、もちろん。遊びましょうか」
ふわりと黒い鬣を靡かせて、神堂が跳躍する。
対峙するカクレオニも奇声を上げて両手を広げるように駆け出し、神堂へと襲い掛かる。
カクレオニの腕が神堂を捕まえようと伸ばされ、抱きしめるように捕らえた瞬間。
「【遊技・影送り】」
腕の中の神堂の姿が、とぷんと真っ黒な影に飲み込まれるようにして消えた。
「遊ンデ?」
空振りしたカクレオニが、何が起こったのかわからず首を傾げた刹那、その身体が自身の影の中に沈んだ。
「【遊技・影踏み】」
一方、神堂がオニの遊び相手をしてくれている間に、部屋の姿見に近づいていた多神は、力の限り遊具を叩きつけ鏡を砕いた。
現実では割れているはずの鏡が、この空間では割れていない、それに意味があるとするなら、おそらく本体核である可能性が高いと、神堂は考えていた。
「大正解だぜ、しんちゃん!」
パキリと乾いた音を響かせ、瞬く間に空間に亀裂が走った。
「脱出しますよ、多神!」
本体であるこの鏡からしか、空間の移動ができないことは確認済みだ。
神堂と多神は、子どもたちを抱き抱えて、崩壊を始めた鏡の中から脱出すべく、割った姿見の鏡片に飛び込んだのとほぼ同時、空間はひび割れ硬質な音を立てて砕け散った。
最初のコメントを投稿しよう!