カクレオニ

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多神は畳の上で尻餅をついた。 「……は?」 突如、背後から伸びてきた誰かの手に後ろへ引っ張られたかと思えば、刹那の浮遊感の後、瞬きの間に部屋の真ん中に座り込んでいた。 おのれの身に何が起こったのか、一瞬理解が遅れた。 部屋に異常はない、否、何か違和感がある。 そしてなにより、神堂がいない。 「……しんちゃん?」 先程まで確かに目の前にいたはずなのに。 いや、そもそも背後から多神を引っ張ったのは誰だ。 多神は、振り返りながら遊具を背後へ突きつけるようにして身構える。 「誰だ」 振り向いた先に佇んでいたのは、両手を上げて降参を示す神堂だ。 瞠目した多神は、一つ深呼吸してから遊具を両手で持ち直した。 「なんだ、驚かせんなよ………………なんて、言うと思ったか?」 大きく踏み込んだ多神の初手は、素早く後退した相手を横殴りに吹っ飛ばす。 「【遊技・だるま落とし】」 神堂の姿を装った所で、偽物だと分かっていれば容赦なんてしない。 「それで上手く化けたつもりか? あーなるほどな、……カクレオニね」 隠れ鬼、あらゆる生き物の姿に擬態して近づき相手を捕まえる。 残念だが、退鬼師である自分たちにその手は通用しない。 多神の瞳が鋭く相手を睥睨する。 のこのこと姿を現してくれたのならありがたい。 「オニみーっけ。……おまえが、今回の元凶ってことでいいんだよな?」 ならば、やることは一つ。 こいつを退ければ任務完了だ。 多神は、鬼面を手に取り被る。 「【鬼纏い・黄鬼】」 ざわりと靡く黄金の鬣。 金色の瞳が、眼前でまったくダメージを負った様子もなくむくりと起き上がったカクレオニを鋭く睥睨する。 「ネェ、一緒ニ、遊ボウヨ」 「あぁ、いいぜ。俺が遊んでやんよ!」 多神は、一息で相手との距離を詰め、首を狙って鉄槌のような遊具を横殴りにフルスイングする。 「【遊技・でんでん太鼓】」 仰け反って躱すことを許さない雷撃を帯びた殴打を受けたにも関わらず、神堂に化けた相手は吹っ飛んで表情を歪めはしたものの、それだけだった。 全身がしびれて動けなくなってもおかしくないはずなのに。 しかし、形勢不利と見て取ったか相手はさっと身を翻し、部屋から逃げ出した。 「あっ、おい、待てっ逃げんな…………ッ!?」 即座に追いかけようとした多神だが、ふと聴覚が子どものすすり泣き声を拾った。 「子ども……? まさか」 多神は逡巡した後、一旦敵を追うのを諦めて、その場で泣き声が聞こえる方向を探って確認する。 「しんちゃんは無事か……?」 敵を見逃してしまったが、今おのれが置かれた状況を整理するにはちょうど良い。 多神がいるのは次女の部屋だ。 多神は、突如何者かに背後へ引っ張られ、瞬きの間に神堂が消えた。 「いや、違う……消えたのは俺の方か……?」 思い出せ、あの時おのれの背後に何がいた、多神の背後にあったのは何だ。 室内を見渡して、多神は違和感の正体を掴む。 直前まで多神が神堂と一緒にいた部屋と、同じに見えて明らかに違う。 内装、調度品、大きな姿見、床に散らばった小物、窓から見える景色、何もかもが左右反転している。 そして神堂と分断される前、多神の背後にあったのは、確かこの姿見だ。 しかし、鏡は砕けひび割れていたはずだが、今多神が目にしている姿見は無傷であった。 「反転世界……もしかして、俺は鏡の中に引きずり込まれたのか」 鏡とカクレオニ。 「……行方不明になった子どもたちは、この鏡の中に引きずり込まれている……?」 調べた子ども部屋を思い返せば、部屋にあった共通点が浮かび上がる。 おもちゃの手鏡とこの大きな割れた姿見、つまりは鏡だ。 この鏡の中が、あの屋敷をそのまま反転させた空間になっているのだとしたら、行方不明になった子どもたちがここで見つかるかもしれない。 多神は、鏡の中の屋敷内を探索すべく、まずは泣き声が聞こえた方へ向かって部屋を出た。 *** 攻撃が止んだ。 理由はわからないが、今の内にと神堂は周囲を警戒しつつ部屋を移動していく。 この屋敷に何かがいることは分かった。 多神が消えた。 見えない不可避の攻撃を受けた。 今まさに、多神がなんらかのオニと遭遇していると仮定するなら、辿れる。 神堂は鬼面を手に取ると被る。 「【鬼纏い・黒鬼】」 ざわりと黒い鬣を靡かせた神堂は日当たりの良い大広間へ移動すると、日の光を背に長く伸びたおのれの影を前に、正座する。 「さぁ、……影踏みを始めましょう」 畳に映るおのれの影と屋敷の影をまとめて縫い留めるように、神堂はおのれの遊具をトンと突き立てる。 「……ひとつ」 目を閉じて、おのれの内の感覚を研ぎ澄ませる。 「ふたつ……」 ふわりと浮かび上がる黒い鬣が、霊力を帯びてうねり広がる。 「やっつ……ここのつ……」 影を媒介に屋敷の中を、オニの気配を、共鳴する多神の霊力と気配を探り、意識を張り巡らせるように跡を辿り、その居所を発見し、掴む。 「とぉ…………影、踏んだッ」 神堂は片膝を立てダンと畳を踏み鳴らす。 オニを見つけた。 対象を捕捉した神堂は即座に立ち上がり、遊具を手に金の瞳で鋭くうごめく影を睥睨し駆けだした。 ***
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