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第12話 聖女とギフト
「えっ? 私が……聖女?」
聖女とは、世界の創造主である女神様の愛し子として、特別な力を授かってこの世界に生まれ落ちた存在。
その力は魔術や神聖魔法とは違って、効果に限界や制限がないことから【奇跡】と呼ばれ、別格扱いをされている。
過去、聖女様は何度かお生まれになり、不安定だった世界を【奇跡】をもって、平和に導いたとされており、神殿が女神様の次に崇めている存在である。
ダグを含めた皆が驚いた表情で私を見る中、マーヴィさんが淡々と説明を始める。
「ともに魔王討伐の旅をしていて、ずっと気になっていたんだ。アウラの力は、神聖魔法とは別物なんじゃないかと。確かに、あんたが使っていた魔法の効果自体は神聖魔法のそれだったが、俺が知っている魔法とは効果が出る早さや規模が違っていたから」
「確かに。少なくとも、一瞬で傷を癒したり、このような巨大な結界を張るなど、私も色々な者が使う神聖魔法を見てきましたが、こんなことは初めてです」
マーヴィさんの言葉を、副官が実例をもって補足してくれた。
(本来、神聖魔法で傷を癒やすには、時間がもっと掛かるってこと? 結界だって、もっと小さい範囲しか張れないってこと?)
もしそれが本当なら、ダグの話を聞いた女性神官や、結界を見た副官が驚いた理由も理解できる。
つまり……
「私が使っていたのは……神聖魔法だと見せかけた、別の魔法だったということですか?」
「そうだ。聖女のみが使える【奇跡】――それがあんたの力の正体だ」
「こ、こんな女が聖女なわけないだろっ‼ こいつは旅の途中、神聖魔法しか使わなかったんだぞ⁉ マーヴィ、それはお前だって知っているはずだっ‼ こいつが【奇跡】の力を持っているわけないだろっ‼」
今まで放心状態だったダグの怒声が響く。瞳は血走り、まるで自分が落ちた場所に私も引きずり落とそうとしているかのような気迫だ。
だけどマーヴィさんの表情は変わらない。
「それはダグ、お前が常日頃からアウラに『大した神聖魔法も使えない。もっと強い魔法を使え』と言い続けていたからだ。だからアウラは、自身が神聖魔法しか使えないと思い込み、聖女の【奇跡】を、お前が望むとおり【強い神聖魔法】という形に変えて発揮していたんだ。アウラも言っていただろ? 元々、癒しの魔法をかけるのに時間がかかっていたが、段々早くなったと」
「嘘……だ……そんな力、この女にあるわけがっ……」
「俺の領地は、魔王に汚染されていた。だけど今では浄化され、豊かな土壌へと変わっている。アウラ、土地の浄化に何の魔法を使ったんだったかな?」
突然、マーヴィさんに聞かれ、私は首を傾げながら答えた。
「ええっと……解毒の神聖魔法ですけど……」
「解毒? そんなもので、魔王に汚染された土地が浄化されるわけがないです! 土地の浄化方法は、現在も神殿が必死になって探しているというのに……」
「お、汚染も毒も同じかなって思って試してみたら、浄化できたので……」
「そんな簡単に……」
「【奇跡】の力には、制限や限界がない。本人が解毒魔法で浄化できると思えば、できるんだろうな」
副官の言葉に、マーヴィさんは少し笑いを堪えたように答えた。
とはいえマーヴィさんも、神聖魔法や土地の浄化の現状について詳しい情報を知らなかったため、不思議に思いつつも、そういうものなのかと受け入れていたのだという。
だけどとある出来事が起こったことで、今まで流していた疑問が無視できなくなったらしい。
「俺の考えが変わったのは、以前階段から落ちて怪我一つしなかったときだ。流石に俺も、あの高さから落ちれば怪我をする。だけどあのとき、俺の体は何かに守られて無傷だった。そのとき気付いたんだ。ダグと同じ力が、俺を守ってくれたのだと」
マーヴィさんの変化は、それだけに留まらなかった。
珍しく村付近に魔物が現れ討伐に向かった時、ダグと同じ勇者の力が発現したのだ。
「普通とは思えないアウラの力、そして突然俺に宿った勇者の力。何となく繋がっているように思えた俺は、帝都にある大神殿に手紙を書いた」
まともに取り合って貰えるとは思っていなかったマーヴィさんの元に、大神殿から返信が届く。
そこには、聖女の力【奇跡】のこと、そして勇者の力の真実など、マーヴィさんが疑問に思っていた全ての回答が書かれていたのだ。
「勇者の力の正体は、聖女が信じ、深く愛した者に与えたギフト。女神が勇者を選ぶんじゃない。聖女の愛した者が勇者となるのだと」
「つまり、私の愛した人が……」
「そういうことだ」
ダグと私は、ほぼ同時にお互いの顔を見合わせた。茫然としたり怒ったりと忙しかったダグの顔に、媚びるような笑みが張り付く。
「アウラっ! じ、実はあれから、ずっとお前のことが忘れられなかったんだ! だ、だからヨリを戻そう‼︎ 何なら俺の側室にしてやってもいいぞ! お前も俺のことを忘れられなかったから、ここに来たんだろ? そうなんだろ⁉︎」
私の正体を知って態度を変えるダグに、心底呆れてしまった。この人は私にしたことを、覚えていないのだろうか。
それにここまで分かっていて、側室だなんて……
周囲も、私と同じ気持ちを抱いているようだった。元勇者に対し、ひりつくほどの冷たい視線を送っている。
だけどダグだけはそんな空気感に気付くことなく、いかに自分が私を思いやっていたか、どれだけ自分が素晴らしい人間かを語っている。
私は無言で、懐から一枚の手紙を出した。
ダグが私に書いた別れの手紙だ。何故か捨てられず、机の奥にしまっていたものを、持ってきていたのだ。
何故、今の今まで捨てられなかったのか、何故ここに持って来ようと思ったのか、ずっと不思議だった。
だけど今なら分かる。
全ては、この瞬間のために――
握りつぶした手紙を、ダグに投げつけた。イテッと大げさな声を出しながら、ダグが丸まった手紙を手に取り、開く。
「ダグ、潰れた手紙をどれだけ広げても、その皺や破れは元に戻らない。私の心も同じよ。あなたの言葉が、行動が、私の心を傷つけた。ぐしゃぐしゃにして丸めて、ゴミのように捨てたの。そんな私の心が元に戻ると思う? また以前と同じように、あなたを愛せると思う?」
「そ、そんなことない……だからやり直そ――」
「いいえ、もう二度と会うことはないわ」
「んだよ、その言い草はっ‼ こっちが下手に出てりゃ調子に乗りやがってっ‼」
突然態度を急変させたダグに、私はビクッと肩を振るわせた。ダグは立ち上がると、持っていた手紙を再び握り潰して地面に叩きつけ、こちらに迫ってくる。
「そもそも、お前が勝手に俺を好きになって、力を与えたんだろっ! なのに今になって、別の男を好きになったから、俺から力を奪ったっていうのか? ふざけるなっ‼」
ダグの怒声が、耳の奥に突き刺さる。
だけど怖くなかった。
だって、マーヴィさんの分厚い体が、私を守るようにダグの前に立ちはだかってくれていたから――
「勘違いするなよ、ダグ。勇者の力は本来、聖女からの愛が失われても無くなることはない。聖女が愛する者に与える贈り物だそうだからな」
私の力について説明をしていたときとは違う、怒りを押し留めたような声色がダグの足を止めた。
「だがお前は、始めからアウラの恋心と、お前を助けたいという純粋な気持ちを利用するだけ利用し、最後はゴミのように捨てた。だから力を剥奪されたんだ。女神によってな」
「女神様が……そんな……」
「俺は言ったはずだ。今まで支えてきてくれたアウラに、感謝や誠意を込めた謝罪をすべきじゃないかと。己の行いを反省し、アウラと別れるにしても、きちんと筋を通していれば、お前はまだ勇者のままだったはずだ。だけどお前はあの時こう言ったよな。『アウラが勝手にやったことだ。魔王討伐の旅だって俺が誘ったんじゃない』と。そんな相手に、愛し子である聖女の力を、女神が任せておくと思うのか?」
ダグが膝から崩れ落ちた。ようやく自分が何をしたのかを悟ったのだろう。
そんな彼に、マーヴィさんが容赦なく言い放った。
「自業自得だ、ダグ」
「あっ、あぁ……」
地面を見つめながら意味の無い言葉を零すダグ。その瞳は絶望に染まり、もう何も映っていなかった。
彼は失ったのだ。
勇者としての力だけでなく、名声も、信頼も、全てを――
私はマーヴィさんに促されるがまま、その場を後にした。
後ろで、
「ああぁぁぁああああああああぁぁぁ――――っ‼」
という、ダグの絶叫を聞きながら。
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