第13話 自惚れ

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第13話 自惚れ

 私たちは戦いの後、救護テントに行き、負傷した兵士たちを魔法で癒した。  私の魔法であらゆる負傷を癒すことができたけれど、【奇跡】で死んだ人を蘇らせることは出来なかった。  恐らくそれは、女神様の領域だから。  聖女といえども、超えてはならないのだろう。  悔しさを滲ませる私に、マーヴィさんが優しく声をかけてくれた。 「こればかりは仕方がない。あんたはやれる精一杯をやったんだ。死んだ者たちには、祈りを捧げよう」 「……はい」  彼の言葉に頷くと神官として、戦いで亡くなった人々が、天上で女神に仕える栄誉を得たことを祝福し、祈りを捧げた。  私の正体を知った副官には、大神殿に相談するまでは黙っていて貰うようにお願いした。 「聖女の言葉は、女神の神託の次に尊ばれるもの。あなた様がそう仰るなら、時が来るまで私の胸に秘めておきます」 「ありがとうございます。でもその前に、ダグが言いふらしたらどうしよう……」 「それならご心配なく」  副官はにっこりと笑った。  というのも、ダグは私たちと別れた後暴れ出し、現在は猿轡をつけて拘束されているのだという。 「まああの男が今更何を言っても、誰も信じないとは思いますけどね」  そう言って陰のある笑みを浮かべていた副官の表情が、印象に残った。  こうして私たちは一度、マーヴィさんの故郷であるスティア村に戻ることにした。  帰りは馬車。  行きは馬でやってきたので、せめて帰りは馬車で帰るようにと、馬車と御者そして数人の護衛を与えられたのだ。  隣にはマーヴィさんが座っているけど、馬車はそれほど大きいわけじゃないから、自然と互いの距離が近くて気になる。  それにしても…… (私が聖女だなんて、また信じられない……)  ダグの勇者の力は、私が彼を信じ、深く愛したことによって与えられたギフトだったなんて。でも思い返すと、私が彼に夢中になっていた時と、ダグに勇者の力があることが分かった時期は近かった気がする。  それを考えると、私は本当にダグのことが好きだったんだなと思う。  騙されているとは知らず本当に馬鹿だったと思うけど、あの時の私は本気だった。  一人の男性を愛し、助け、支えたいと強く思っていた。  その気持ちだけは否定したくない。  愛する人を守るため、直向きに頑張っていた自分の想いだけは。  そして今は―― (それ以上の想いを、私はマーヴィさんに感じてる)  だから、女神に剥奪されて私に戻ったギフトが、マーヴィさんに与えられたわけで。  それはいい。  今、私にとっての一番の問題は、マーヴィさんに勇者の力が与えられたことではなく、与えられた理由を彼が知っていること―― 「アウラ」 「は、はい⁉︎」  名を呼ばれ、声がひっくり返ってしまった。だけどマーヴィさんは、小さく笑っただけだった。 「落ち着いたら、大神殿に行くんだろ?」 「はい。でも神殿は私のことを、聖女だと認めるでしょうか? マーヴィさんが以前送った手紙には私のことを、伏せていたんですよね?」 「ああ。でもすでにバレていたけどな」 「……えっ?」  神殿が、私の存在を認識してた⁉︎  目を見開く私を見て、マーヴィさんは堪らず吹き出した。  話によると、ダグの勇者の力が認められた時、その力の出どころである聖女を、神殿は秘密裏に探していたらしい。  まあそうだろう。  聖女がいなければ、勇者は存在しないのだから。  そして、私を見つけたのだという。 「でも、どうして今まで神殿は黙っていたのですか?」 「聖女が自身の素性に気づき、神殿に報告や助けを求めない限りは、神殿は不干渉を貫く決まりらしい。愛し子の精神を鍛えるための、女神の采配なのだとか」 「へ、へぇ……」 「まあ、かわいい子には旅をさせよってことだろうな。大神殿に行けば詳しく教えて貰えるだろう」  そういえば、そんなことも習った気がする。  聖女の言葉や行動は、女神のご意志と一緒。  だから女神を崇める神殿は、聖女の行動に一切の制限をしないのだと。  まあ結果的に私の心は、失恋と裏切りで強くなった。  マーヴィさんがいてくれたから――  チラッと彼の様子を窺うと、目が合った。  視線が合うと気恥ずかしさが先立ち、思わず目を逸らそうとしてしまう。だけど、どこか熱を帯びたマーヴィさんの声色が、それを許さない。 「……魔族を倒したときな。正直、ダグよりも強い力を発揮できたように思えたんだ」 「私も……そう思いました」 「そうか。なら少しは自惚れてもいいのか?」  彼の手が、私の肩を抱き寄せた。  耳の奥に、今まで聞いたことのない甘さを纏った囁きが響く。 「あの男よりも愛されているって――」  何も言えなかった。  だって、本当のことだから。  マーヴィさんが勇者になったと分かった以上、隠すことなんて出来ないわけで。  でも、 「……ずるくないですか? 分かりきってること聞いてくるなんて……」  少し唇を尖らせながら、俯く。  ずっと隠していた恋心がバレバレだったと突きつけられた、私の身にもなって欲しい。    いや、それはマーヴィさんも同じか。  自分に宿った勇者の力の真相を知った時はさぞかし驚き、困惑しただろう。  きっと今だって……  ずるい? とマーヴィさんが片眉を上げた。まるで心外だと言わんばかりだ。 「まさかアウラ……気づいてないのか?」 「? 何がですか?」 「俺があんたを好きなことだ」  えっ?  す……き……?  えっ?  ええっ?  いや、勘違いするな。  これは言葉に複数の意味があることを利用した、高度な罠だ。 「友達とか、感謝してる寄りの意味ですよね?」 「……この流れで、全部言わないといけないのか?」  ツイッと私から視線を逸らすマーヴィさんの顔は、頬だけでなく耳まで真っ赤だった。  私の肩を抱く手に力がこもる。 「あんたは俺に、『こんな馬鹿な私たちを、あなたは見捨てずに最後まで盾となって守ってくれました』と言ってくれたな? だけどそれは……半分だけ嘘だ」 「……嘘? どの部分が?」 「俺が最後まであのパーティーにいたのは、あんたがいたからだ」  マーヴィさんの視線が、再び私をとらえる。 「始めは、あんたに感謝の気持ちを抱いているのだと思ってた。だけどダグがあんたを大切にしていないと気付いた時、感謝だけではない気持ちに気付いた。だから離れられなかった」 「で、でも、あの時の私は、ダグに夢中で……」 「もちろん、俺の想いは決して叶わないと承知の上だ。だから、あんたがダグと幸せになるところを見届けて、この気持ちにケリを付けたかった」 「……勇者の力の真実を知った時、困ったとかは……」 「困った? まさか。嬉しすぎてその日の晩は、寝られなかったくらいだ」  マーヴィさんらしくない、子どもっぽい発言に、不覚にもキュンとしてしまった。  とにかく、今までの発言をまとめさせてもらうと、つまり…… 「……私も自惚れちゃって……いい感じですか?」 「あんたが嫌でなければな」  さっきの言葉が、罠でも何でも無い私の思ったとおりの意味だったと知り、今度は私の顔がみるみる熱くなっていく。  信じられなかった。  私とマーヴィさんが両想いだったなんて――  やれやれとため息をつきながらも、嬉しそうに頷くマーヴィさん。だけどその笑みは、少し意地悪さを含みながら、私の方に近づく。 「それで……さっきの俺の質問の答えは?」 「うっ……わ、分かりきってるのに、答えなきゃ駄目ですか?」 「もちろん」  ここまで言われたら、答えないわけにはいかない。  でも彼の気持ちも分かる。  私だって、何度でも聞きたいから。  声をうわずらせ、馬車が移動する音でかき消されそうな小ささで、私は僅かに残った勇気を振り絞った。 「……………………大いに自惚れちゃってください」  次の瞬間、私は大きな体に抱きしめられていた。  マーヴィさんの体はとても大きくて、一見柔らかそうに見えるくせにとても鍛えられているから、思った以上に硬い。  だけどとても温かくて、  その力強さに安心ができて、  守られるだけでなく、私も彼を守りたいと力が湧き出てくる。 「アウラ。例えあんたが聖女としての力を失っても、俺の気持ちは変わらない。だからこれからは……俺とともに生きてくれないか? この先ずっと一緒にいて欲しい」 「……嬉しいです……凄く……」  何とかその一言を出したけれど、喉の奥が詰まり、それ以上の言葉が出ない。代わりにこの両手を彼の背中に回して、強くしがみついた。  うれし泣きを見られて、また彼を困らせないように――
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