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15 反転する世界
「神官長からセルマ様に面会要請がきていますが」
その日の侍女頭の当番侍女が、恐る恐るキリエに切り出した。
マユリアとの面会を終えた神官長は、一度自室に戻ってから、今度はセルマとの面会を願い出た。今、セルマは次女頭のキリエの管理下にある、キリエの許可がなければ誰も会うことはできない。
「そうですか、少し考えますから保留で」
キリエにそう言われ、書類を渡して退室をする。
どうしたものか。キリエは本当に小さく、そっとため息をついた。
セルマの処遇についてはなかなか決めることができなかった。セルマが実際に、自分に対して何かを行ったことは間違いがないだろうと思う。だが証拠がない。今あるのは、あくまであの香炉に関わっていたこと、それから神官長によって覆されたとルギは言っていたが、自分に何かを行ったと、自白したと思しき発言があった、それだけだ。
今、セルマの謹慎を解くとしたら、どういう立場で戻せばいいものか。元の通りに取次役という役職に就けることはできないとキリエは考えている。では、その前の食事係に戻すのか? 仮にも食事に薬を盛った人間を、その係に戻すことはできない。ではそのさらに前の神具係は? その神具として取り扱った香炉が今の一番の問題になっているのだ、戻すことはできない。
いっそ、次女頭付きにとも思ったのだが、もうすぐ自分はその職から去る。その後はフウにと思っているが、あのセルマがフウとうまくやれるとは思わない。フウは意にも介さないだろうが、そのことでますますセルマは孤立するだろう。
交代の日がいつになるかは分からない。だが、その日までには決めなければならない。
神官長が退室し、マユリアは時間は早いがもう自室で休むことにした。きちんと寝巻きに着替え、ベッドに入る。どうしたというのだろう、昨日はあれほど元気になったと思っていたのに、どうして今日はこれほど疲れるのか。
マユリアはベッドでため息をつきながら寝返りを打つ。
ほんの一瞬、意識を失いそうになっただけだ。そんなことは以前から度々あった。どの時もまばたきをするぐらいの間、意識を失ったとも思わないぐらい、そんな短い間のことだ。それに、いつもはその一瞬だけで、その後にここまで疲れを感じることはなかったはずだ。
いつもはどうだっただろう、マユリアは少しうとうとしながら思い出していて、ある事実に気がついた。
「神官長との面会の時に……」
そう、多い気がした。
マユリアは思わずベッドの上で上半身を起こした。
「もしかして、神官長が変わったのはそれが、わたくしが原因では」
マユリアは恐ろしく思いながらも、必死に今まで気を失った瞬間のことを思い出そうとした。その時の感覚を、今日起こったことと重ねながら思い出す。
「そう、その瞬間、一瞬だけ、目をつぶったはず」
そう思った途端、目を閉じるのが恐ろしくなった。もしかしたら、その時にもまた、同じことが起こるのではないか……
だが、思い出すためにはやってみるしかない。
マユリアは恐怖心を振り払うように自分を奮い立たせ、ゆっくりとまぶたを閉じた。
呼吸を整え、意識を失なった時に何があったのか、その時の感覚を思い出す。
閉じた目の裏には何もない。ただ目の前の景色が消えただけだ。そう思った、その時、自分の中に誰かがいる気配を感じた。
「これは……」
自分の身内に宿るという女神マユリアだろうか。
そう考えるとそうでもあるように、そうではないと思うとそうではないように思える。
だが、確かに自分の中に誰かがいる。
「誰……」
そう口に出した途端、その誰かが答えた。
(まだ、気がつかなければよかったのに)
そしてマユリアの世界が反転した。
キリエはマユリアの私室の前にいた。昨日、マユリアはいつもより早くお休みになったと担当侍女からの報告が上がってきた。大丈夫だとおっしゃっていらっしゃったが、やはりまだ体調がお悪いのかも知れない。
扉を3度叩いて声をかけると、入るようにと返事があった。
「失礼いたします」
キリエは丁寧に礼をして室内に入る。
「おはようございます。今朝のお具合はいかがでいらっしゃいますでしょうか」
「ありがとう、大丈夫です」
顔を上げると、美しい主はいつものように美しく、そして健康に見えた。
「昨夜は早くにお休みになられたとか、やはりまだ本調子ではいらっしゃらないのでは」
「いえ、大丈夫。神官長と少し話をしたもので、疲れたようです」
マユリアは冗談っぽくそう言って笑って見せる。
「そんなに疲れるような話をなさったのですか?」
「いえ、いつものことです」
ということは、やはり国王陛下のご婚儀のことかとキリエは考えた。
「おかげで色々とやらなければならないことがあることに、あらためて気がつきました」
マユリアはふうっと小さく肩で息をして、一瞬目を閉じてから開けて、侍女頭に質問をした。
「セルマのことを、どうするつもりなのですか。おまえのことです、色々と考えてはいるのでしょうが」
「ご心配をおかけいたします」
キリエはちょうど昨日考えていた問題を主が口にされたことに、申し訳なく思って頭を下げる。
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