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18 侍女頭候補
次の侍女頭は誰なのか、宮の中で静かに囁かれる様々な名の中に、キリエが後継者と決めているフウの名前が上がることはほとんどなかった。いや、皆無であった。
フウは基本、何をするのも一人だ。もちろん、仕事の時はどこの誰が相手でも関係なく自分の務めを果たすが、誰かと特に仲良くするということはない。
フウは一応侍女頭付きではあるが、兼任で「医薬係」にも属している。この係には侍医と、その時期だけに宮へ参上し、シャンタルを取り上げる産婆とその助手。薬草園の手入れをする下働きの男女、そしてフウが専属だ。その他に医薬に多少明るい侍女たちが侍医の手助けなどをすることはあるが、専属ではなく当番で担当をすることになっている。
フウはとにかく、薬草園で薬と植物の研究さえできればそれ以上の幸せはない。そのためならどんな仕事でもやる。自分は好きなことをやるために侍女になったのだから、侍女の役割を果たすのは当然だと思っている。
キリエの前任の侍女頭が、フウがあまりに薬草園ばかり固執するもので、薬草園に行くことを禁じると言った時、薬草園に関われないのならばもう侍女をやめようと思った。だが、その時にキリエがフウはどこに行ってもこのままでろう、それならばここに置いてやった方が本人ためになるのではないか、と進言してくれた。そのおかげで仕事をきちんとやりさえすれば、空いた時間には薬草園に行ってもいいことになったのだ。
そのことでフウはキリエを特に気にするようになり、じっくりと「観察」した結果、この方は一生付いていく方だと判断をした。
キリエの方もフウを気にかけて見ていくうちに、これは只者ではないと思うようになっていった。
フウは何にも興味がないように他の侍女たちは皆思っているが、実はそうではない。実際はその逆、何もかもに興味があるのだ。だから特に何か一つに興味があるようには見えないだけだ。人に対しても静かにじっと観察をし、その相手にふさわしい対応をする。
侍女には宮からの応募に募集して一生をシャンタルに捧げるために入ってくる「応募の侍女」と、多くが人生の一時期を宮で修行をしてどこかに嫁ぐ時の財産とするために宮に入る「行儀見習いの侍女」の2種類がある。応募の侍女は一生身にまとうものとして、自分の好きな色を身につけるが、行儀見習いの侍女は種類はあれど基本的に緑の衣装だ。
フウは植物が好きなことから、宮に入った時に緑を選んだ。一応先輩侍女がそれは応募の侍女の色だがと言ってはみたが、自分が好きな色はこれだから、と譲らなかった。そして侍女頭付きという役職とも言える部署に配属になった後にも、公式の場以外はやはり緑を着続けている。そのために遠目に見て、フウを行儀見習いの侍女と勘違いした侍女が用事を言いつけ、振り向くと役職付き、しかも変わり者で通っているフウで驚く、ということが何度もあった。
そんな時、相手によって実に見事に対応を変える。言いつけられた用事を「役目に貴賤なし」と、どんな下っ端がやるような用事でも、言いつけてきた相手を手伝って一緒にやるのだが、その相手が一番「堪える」ようなやり方でやるのだ。おかげで一度でもそれを経験した者は、次から面倒な仕事を緑の衣装の侍女に押し付けることは控えるようになる。
その逆もある。本当に困っている侍女、つらい思いをしている侍女、そんな者には実にさりげなく手を差し伸べる。その時にはよく分からないのだが、後で「そう言えばフウ様にこうしてもらった」と、気がつくような感じだ。一度でもそうしてもらった侍女は、フウを信頼することになる。
キリエもまたじっと黙ってその様を観察していた。そして自分の後の侍女頭候補にと考えるようになった。
少し前まで宮では取次役のセルマが次の侍女頭だ、との空気が流れていた。
本来なら、単に奥宮と前の宮との間の連絡役として設けられたはずの取次役が、気がつけば奥宮を取り仕切るようになり、キリエもそれを黙認しているように見えていたからだ。
セルマは優秀な人間である。教えたことはすぐに覚えるし、機転が利き、何をやらせても器用にこなす。ただ、それだけに自分のようにできない人間のことを下に見て、時には軽蔑する気持ちを隠そうとはしない。本人はそんな態度を取っているつもりはないのだが、どうしても透けて見えてしまうのだ。
セルマはそういう部分では、不器用な人間だとも言えるかも知れない。そして今は、自分こそが秘密を知らされた者、天に選ばれた人間だという意識もあり、自分を大きく見せるため、よりその傾向が強くなっている。セルマと接した侍女たちは、セルマに何かを指摘され、罰せられることを恐れて萎縮してしまう。
どちらが次の侍女頭にふさわしいか、考えるまでもないことだとキリエは思った。
だが、セルマをそのように歪ませてしまった者がいる。セルマをセルマのまま、まっすぐに育てることができていたら、うまくフウを支えてくれる存在になったかも知れない。
それを思うとキリエは、それを許してしまった自分自身が、取り返しのつかない大きな誤ちを犯したのだと思わずにはいられなかった。
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