3 勧誘

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 3 勧誘

 ハリオとディレンは例の、封鎖で困ったハリオがある方の好意で借りたという設定の貸家の中に待機していた。 「本当に来るんでしょうかねえ」 「さあな」  ほとんど物がない居間のテーブルで、2人でちびちびと酒を飲みながら日が暮れるのを待つ。  夜の1つ目の鐘が鳴り、やがて2つ目の鐘が鳴った。リュセルスの民の大部分が一日の仕事を終え、眠りに入る支度を始める。そしてその日最後の鐘が鳴り、夜の仕事の者以外が眠りについた頃、扉が誰かに叩かれた。  ハリオがディレンに目で合図を送り、扉に近寄った。 「どなたです?」 「あの、以前お世話になった者なのですが」  あの時の男の声に思えた。  ハリオはもう一度ディレンに目配せをし、 「ちょっと待ってください」  と言いながら鍵を開けた。  そこにいたのは例の男に間違いなかった。 「どうも」  男は大きな紙袋を2つ抱えながらペコリと頭を下げた。 「あの、お邪魔しても?」 「あ、客が来てますが、それでもいいですか?」 「お客さんが」  男は少し考えていたが、 「そちらにお邪魔にならないのなら」  と、答えた。  ハリオが後ろを向いてディレンに頷くと、ディレンは、 「いや、俺も邪魔してる立ち場なので、どうぞお構いなく」  と、答える。  男がディレンに頭を下げながら室内に入ると、ハリオが鍵をかけた。 「あの、昨日と一昨日も来たんですが、お留守だったので」 「ああ、ここしばらくはこちらにお邪魔になっていたもので」  ハリオが前もって決めていた答えを口にする。 「こちらに?」 「ええ、こちら、アルディナからいらっしゃってるアルロス号の船長、ディレンさんです」 「どうも」 「船長」  男が少しばかり不審そうな表情になる。 「俺、今度こちらの船に乗せてもらおうかと思って」 「え?」 「ええ、少し前に一緒に飲んで意気投合しましてね、うちの船に乗らないかって誘ったんですよ」 「ということは、船員になられるってことですか」 「まあ、もしかしたら、ですが」  ハリオは男にもう一つカップを持って来て酒を勧める。 「あ、よかったらこれも」  男も紙袋から酒瓶を取り出してテーブルの上に置いた。 「えっと、こちらは」  ハリオがディレンにどう説明しようかという顔で元王宮衛士を見ると、 「あの、私は先日こちらの方に非常にお世話になりました者で、元王宮衛士をやっていました」  男はそう自己紹介をした。 「ほう、元王宮衛士。それはまた大変なお仕事をなさっていた。それで、今は辞められたんですか」  ディレンがそう言いながら酒を勧める。 「ええ辞めさせられました」  男がディレンの酒を受けてそう答える。  一体この男は何をしに来たのか。そんなことまで初対面のディレンに話してしまって、一体どうするつもりなのか。 「そうですか。まあ人生色々ありますからな」  ディレンが何事もなかったかのようにそう答えると、元王宮衛士の男が愉快そうに笑う。 「これは、さすがに大海を渡る海の男。おっしゃることも大きい」 「ありがとうございます」  ハリオはハラハラしながらディレンと男のやり取りを見ていた。 「あの、それで今日は一体どうして」 「ああ」  男は一度カップを口にして、中身をぐいっと飲み干すと、楽しそうに言った。 「私の、なんともならないこの人生にも、そろそろけりがつきそうなもので、その前にどうしてももう一度お目にかかりたかったのです」 「ええっ!」  なんとも物騒な言葉を口にするものだ。 「一体何をなさったんです」  ディレンが冷静に尋ねると、 「街にね、王家の秘密を公表したんです。もちろん、きちんと自分のことを名乗った上で。おそらく、近々逮捕されると思います。そこまでのことをしたんですから、その後はどうなるか、聞くまでもないでしょう」  と言って、またカップに自分で酒を注いだ。 「王家の秘密ってどんなもんです、ちょっと興味があります。どうせ言ってしまったことなら、私にも聞かせてもらえませんかね」  ディレンの言葉に男は一瞬驚いたが、 「いいですよ」  と言って、今の王様が父王から玉座を奪うために何をやったか、そして元王宮衛士とその姉、その家族が命を失ったことなどを全部語った。 「それは、随分とどえらい話ですな」  ディレンはすでに知っていた話を、初めて聞いたように目を丸くして驚いて見せてから、 「なぜ、そんなことをしたんです」  と、まっすぐに聞いた。 「それは、誤ちを正したかったからです」 「それを広めたら誤ちは正されるんですか?」 「ええ、私はそう思ってます」 「そうですか」  ディレンは男の話を肯定も否定もせず、また男に酒を勧め、自分も飲む。 「ほれ」  ディレンは黙ったままになったハリオにも酒を勧める。  船長は一体何を考えているのか。ハリオはそう考えながらも、尊敬し、信じている船長のやることだと、じっと黙ってみていることにした。 「それで」  カップを置いたディレンがまた男に声をかける。 「この後、どうするつもりです」 「いや、さっきも言いましたが、衛士か憲兵にでも捕まると思うので、自分ではどうにも」 「そうですか」  ディレンはふむ、と一つ頷くと、 「じゃあ、あんた、うちの船に乗ればいい。海の向こうに行ってしまえば捕まることもないでしょう」  と言った。  
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